もうなんかしんどい、という誰かを抱きしめろ / 佐々木 優

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ゴールデンウィークが終わった。
いや、やっと終わってくれた。

福祉の仕事を始めてから、私は連休というものを経験したことがなかった。
インドアの趣味がひとつもない私は暇を持て余したが、外出自粛の要請もあるために出かける訳にもいかず、私には家に閉じこもってただやり過ごすしかなかった。

先月県外で仕事をした私は、二週間の経過期間を設ける必要があった。ここにきてやっと地元のクライアントに会うことができる。

先日、閉じこもりに限界を感じた私は理由を見つけてクライアント宅を訪ね、本人やご家族、アテンダントも交えて皆でケラケラ笑って過ごせた。
あの楽しい時間が、私にとって唯一のゴールデンウィークの想い出だと言える。

連休中、何気なくつけているテレビの画面には、全国の観光地にひしめく旅行客の姿がモザイクだらけで映し出されていた。意味ありげでいて煮え切らない語り口のナレーターを、私はひとりシラケながら眺めていた。彼が自分の思うことをはっきり言えたなら、どれだけ気持ちがいいだろう。

とはいえ、観光客の気持ちが少しも分からない訳ではない。正直、私には彼らがただの独善的な人間の群れに見えてはいるが、いつまで続くのか分からない自粛生活にくたびれて、たまの連休に旅行くらいさせてくれというのもまた人情だろう。
いつまで続くのか分からない、先が見えないというのは確かにキツい―――

思い出せば、中学生時代のサッカー部で顧問にやらされていた罰走がある。
何かをやらかした部員は、顧問に命じられて学校のグラウンドを10周、20周と走らされていたのだ。

ただ、サッカー部の我々はまだよかった。いや、よかったというよりマシだった。
同じようにやらかした野球部員もまた、監督からの罰走を受けていたが、彼らは我々と違って終わりがなかった。「走っとけ。」と言われたが最後、監督の気が済むまで、下手をすれば練習時間が終わるまで延々と走らされていたのだ。好きで始めた野球道とはいえ、灼熱の運動場を終わりが見えない中で走らされていた部員にとっては、きっと地獄のように感じていたはずだ。

野球部員のクラスメイトと私の罰走がまれに被ることがあった。
ただ、お互いに顧問の目が気になるので、仲が良いからといって肩を並べて走るわけにはいかなかった。

それに、私が10周で終わったとしても、彼はその後も走らされることが分かっていたので、余計に伴走することはできなかった。練習に復帰できた私から少し離れた場所を、彼は汗を流しながら何度も走り抜けていった。

彼の周回が近付くたびに、私も周りに気付かれないようにそれとなく寄り、小さく「頑張れ。」と声をかけるしかなかった。彼は暑さで紅潮した顔を私に向け、無言のなかにも少し口角を上げて返した―――

いつまで続くのか分からない、先が見えないことのやるせなさと疲弊。

わざわざ昔を思い出さなくとも、例えば私が携わる介護という仕事も、もしかしたらそうなのかもしれない。

ああ、誤解されたくはない。介護という仕事は決して誰かに罰としてやらされているわけではないし、勿論その世界は灼熱の地獄でもない。
しかし、しかしだ、奇麗ごとだけで済む世界では絶対に、ない。

日々の過酷な支援に疲弊しているアテンダントは確かにいるし、彼、彼女たちにその終わりが見えているかといえば、誰しもがその答えを示すことができないこともまた真実なのだ。

それでも、今までも、今日も、そして明日からも。
いつまで続くのか分からない、先が見えないことへのやるせなさを感じながらも、彼、彼女らは歩き続けているのだ。たとえそれが、自分が夢をもって歩き始めた介護道だとしてもだ。

10周、20周で終わると分かっているなら、なんとか我慢もできるだろう。
でもそうじゃない。
そうじゃないのだ。

貴方から少し離れた場所を、その終わりを見ることもなくひたすら汗を流しながら何度も走り抜けている健気で懸命なアテンダント達。

貴方は彼らに近づいて、大きな声で「いつも見ているよ。頑張ってくれてありがとう!」と声をかけられているか。
彼、彼女らの努力と忍耐を心から認められているか。

そうでないと、このコロナ禍に観光地をひしめきながら彷徨うあの群れのような惨状が、この会社、いや、この業界で体現されてしまう。

そうだ、今こそ皆で光を指し示して、ちゃんと確認し合う時なのだよ。

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

 

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