地域で生きる/21年目の地域生活奮闘記㉓~地域によって受けられるサービスが違う?前編~ / 渡邊由美子

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新年度を迎え、一人暮らしが21年目に入った中でしみじみと感じることは、よくぞここまで続いてきたという感慨にも似た思いです。なにせ思いがあってもそれを行動に移したり身体を動かそうとしたりするには、おはようからおやすみまで、いや、おやすみ中も絶え間なく他人の手がなければすぐに生活がストップしてしまいます。

そのような状況の中で、まだまだ若かった勢いと熱意と頭で考えた行動力だけで今の暮らしを立ち上げたのですから、ここまでよくぞ暮らせたと思っても当然の、暮らしのスタートでした。

なぜ、今の生活を、困難があるとわかっていながらやろうと思ったかについて、今日は掘り下げて書いていこうと思います。

私が産まれ育った街は福祉という意味ではとても後進的な地域でした。昔ながらの偏見や差別も色濃くある保守的な地域で、福祉の施策はとても貧弱なものでした。東京には当たり前のようにあるものが名称すらも存在しなかったり、名称は似ていて制度は存在しても金額の0が一桁違ったりするものもありました。

そして、人的支援に至っては、地方は障がいも高齢も当然一緒くたのごった煮福祉が当然で、それでも「サービスめいたものがあればありがたいと思え」と言わんばかりの状態でした。
障がいと高齢を同じ福祉が必要な存在とだけ捉えたスタート地点から物事を考えているので、生きていける土壌にはとても立てないのが現実でした。

地元にも障がい者団体はもちろん存在し、そんな現実を「あなたが生きられる地域に地元を変えていく運動を共にしましょう」と誘われ、最初のうちはそれを実現するべく努力をしてみました。

しかし、地域格差の問題は非常に大きな壁であり、家族との生活が家族の高齢化によって継続できなくなるスピードを考えた時、これは共倒れになる、間に合わないと直感的に判断し、施設生活になるよりは地域で暮らせる場所に転居してそこで全国を変える運動をした方がいつかは地元もよくなり、誰もが望めば地域で暮らせる世の中を作れるのではないかという思いに至り、現在の生活を選びました。

私が一人暮らしをした頃は今ほどインターネットが普及していたわけではなく、電話回線にパソコンを繋いでいて、たいそう通信状態が悪く、すぐ回線が途切れたり繋がる時間もかかったりするような情報収集環境でした。

どこの福祉制度を受ければ私が1人暮らしになっても金銭的・介護的に野垂れ死にせず生きていけるのか、少ない情報を手繰り寄せるように調べたり書籍をむさぼり読んだりしたものでした。

そこで得た情報によると、果てしなく遠い場所ではなく、実家から川2つ越えた東京は自分の生まれ育った土地とは天と地ほどの差があり、そこでは重い障がいの諸先輩方が障がい者運動を展開して、努力しながらではあっても介護者と共に生きている実態があるということでした。

そこで私は、まだ何も自分のものにはなっていないけれども、雲の上の話ではないような気もしてトライしてみようと思ったのがきっかけで今を生きているのです。その当時の地域格差がどのようなものであったか、書いてみようと思います。

重度の障がい者が1人で暮らすためには本当にたくさんの社会資源によるサービスが必要です。例えば医療費の窓口負担を無しにする制度は、地元にもありました。

しかし、地元の方式は自己負担でお金を払い、後から医療機関に領収書を取りに行き、お役所に書類を提出して審査にかけてもらい、半年後に審査が通れば口座に振り込まれるというとても手間暇がかかるやり方で、よほどの高額医療費でなければ、領収書をもらいにいく交通費や書類の申請にかかる経費の方が上回ってしまうという、結局なるべく使ってほしくないというのが見え見えの制度設計になっているのです。

よほど具合が悪くならない限り医療機関そのものに行かない、行けないという結果に繋がりかねず、もともとの障がいだけでなく、合併症的な症状を悪化させる事態を招いてしまう実態でした。

一方東京は、窓口負担を無くすための医療証があらかじめ交付されていて、健康保険証と一緒に窓口で見せるだけで医療費の助成を受けることが出来る制度設計となっているのです。

こんなことを情報として知ることが出来れば、誰しも東京に引っ越せば人生が変わるかもしれないという希望を抱いて不思議はないのではないでしょうか?生命維持にどうしても必要なことが簡便に受けられるか否かは、大きな違いだと思います。

その他にも、今は地元も改善された部分もあるかもしれないとはいえ、生きることの根幹を支える福祉施策の骨組みからして格差は否めない事実としてそこに存在します。
重度訪問介護の介護支給量の地域格差は言うまでもなく大きな開きがあります。

みんなが東京に一極集中で住むわけにはいきません。「福祉」という人間が当たり前に生きていくために必要不可欠なサービスは、どこに住んでいても当然の権利として受けられる世の中に早くなって欲しいと願わずにはいられません。

今年度もこんな思いを胸に刻み、障がい者運動に励み、一人でも多くの重度障がい者が望む場所で望む暮らしを営み続けられることに全力で取り組んでいきたいと心に誓う春なのです。

 

◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を勢力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

 

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