社内公募企画第五弾「あなたが頑張っていたこと、いま頑張っていること」 / 渡部有真(ホームケア土屋 秋田)

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私は、今年で36歳になる。生涯を共にしてきたといっても過言ではない「剣道」。剣道とともに歩み始め、今年で33年になろうとしていることに、自分が一番驚いている。

親父は、私が生を授かる前、しかもかなり若かりし頃から、多少名の知れた剣士であった。そのせいもあり、私は物心つく前から竹刀を握らされていたようである。
もっとも、私が初めて竹刀に触れたのは、剣道をやるためではなく、見たことのない長い棒に好奇心を抱いただけであったと思うが、親バカとはよく言ったもので、きっと幼き私が一度竹刀を握れば、その姿を見た当時の親父はきっと「こいつは強くなる。」などと心の内で大いに期待しただろうことは想像に難くない。

これに加えてもう一つ、私には姉がいる。親の影響なのかはさておいて、姉も剣道を幼き頃から始め、親父の血を引き継ぐ女子剣士として県内だけでなく全国区でもかなり活躍していた。私が言うのもおかしいのだが、幼いながら見ていた姉は、強かったというよりも、天才肌で上手かったと記憶している。

ここで話を終えると単なる身内自慢のようになってしまうのだが、話というのはこれからで、私が大会会場や道場に行くと、「●●の息子」あるいは「●●の弟」などといったように、自身の名ではない名詞で声を掛けられるのである。小学生の頃までは会う人会う人からほぼ100%で、である。

始めは、親父や姉が有名なことで、私まで有名になっているような錯覚がなんだか嬉しかった。しかし、歳を重ねるごとに、そんな呼ばれ方をしては、いつも何かモヤっとしたものが心の奥に少しずつ少しずつ溜まっていた。
それもそのはずである。周囲が私を認識する時には、親父や姉の存在が優先されてしまうのである。無性におもしろくなかった。そして、なんだか負けた気になった。私は、「●●の息子」や「●●の弟」という名前ではない、「おれはゆうまだ」だと知ってもらいたかったのである。

中学・高校・大学と、名門校とも呼ばれるような学校で、文字通り「死ぬほど」剣道をやってきた。私が表彰台に上がることが出来た度に、何かこう心の奥に溜まったモヤっとしたものは、ほんの少しずつなくなっていくのが実感できたのだ。

第三弾社内公募企画でも少し剣道の話に触れたが、私は愛好家の方への無礼を承知で、「剣道が楽しい」とか「魅力的」だとか正直一度も感じたことはない、などと言っていたが、これでなんとなく少しはうなずける方もいるのではないだろうか。

私自身、過去を振り返るのは好きではないし、過去の成績などはっきり言ってどうでもいい。

とは言いつつ、私は、単純に親父の息子や姉の弟としてではなく、「ゆうま」として認めてほしかったとの思いが人一倍強かったのだと改めて思う。

そのおかげもあって、「親父も姉も絶対に追い抜いてやる」などと、真剣に本気で剣道をし続けてきた自分が、最近になってほんの少しだけ誇りに思えるようになってきた。

今となっては、もっぱらビールがおいしく飲めるように剣道で汗を流すことが出来ればいいなと心の底から思っているのは、ここだけの話である。

渡部有真
ホームケア土屋 秋田

 

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