「怒りの作法」 / 笹嶋裕一(CHO 最高人事責任者)

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ベストセラーのほとんどは、なくなる、静まる、怒らない、つきあう、6秒我慢すると飲み込める、ものとして怒りを定義していた。

私の認識としてもそうであったし、年齢を重ねれば重ねるほどそれは深く濃いものになり、怒らない人が「大人」と帰結していた。

でも今回、私がこのコラムを書くにあたり読んだ複数の著書には、「正しく怒ること」「怒り自体の強いメッセージ性」について書かれていた。

怒ることは悪いことではない、喜怒哀楽があるのになぜ「怒」だけがないがしろにされなければいけないのか、怒りと憎しみは違う、怒りを暴力に結び付けることが「悪」であり、「怒り」そのものはメッセージを伝える重要なツールだ、と強調されていた。

たしかに、怒りをわかりやすく表現するひとは、なぜか人間味あふれるキャラクターに認知されている傾向がある。思い当たる芸術家や政治家や歌舞伎役者も、怒りを熱度にかえて、非常に人気があったし、怒りの後に見せる笑顔はチャーミングとされ、結果、倍増しで「いいひと」になっていたように思う。

銀行の不正をテーマにしたドラマでも、「怒り」でストーリーが構成されており、本当の主人公は「半沢」ではなく「怒り」そのものだった。
私を含めた日本人全般が怒りを表現することを苦手とし、むしろ抑え込むのが美徳の文化に育った中で、あれだけ怒りが散りばめられたドラマは実に痛快で、怒りの場面が少ない回は軒並み日本中が消化不良をおこすという、社会現象化したのも極めて頷ける。

翻って、発憤ばかりが怒りではなく、静なる怒りもあるという。冷静に準備をして怒るという、暴力とは真逆にある、真摯なる怒りといえるだろう。

ただ、最近の世の中はどうだろう。無秩序な怒りに満ちてはいないだろうか。
叫び、問い、変えたいと思う力。
それを伝える手段としての怒りは、見えないもので確かに、けれど不確かにつながっている空間で、それぞれが好き放題に発散しては拡散されている。
残念ながらそこに品位の一片はみえてこない。

私はというと、怒りについてそこまで意識することはなかったし、むしろ遠ざけて生きてきたと言ったほうが正しいかもしれない。
怒ってよかった試しがあまりなかったし、スッキリどころかだいたいモヤモヤが残るのと、それで何かを改善できた経験が少なかったからである。
怒りの捉え方自体が、ネガティブなもの、何より周囲を不快にするものと思っていた。

一方で、特に大人になってからは内面をむき出しに白日の下に晒す怖さと、ひとから「怒りっぽい人」と思われたくない、いいひとと思われたい願望と、端的な羞恥心から怒りを遠ざけていたのだと思う。

思えば小学生の頃は、泣きながら鼻水を垂らして怒っていた。
あんなに無邪気に手放しに怒ることは、大人になるとそうはない。
感情を丸裸にできる表現力と覚悟がいるし、であるならば、その不完全さと脆さも怒りの魅力なのかもしれない。

喧嘩するほど仲がいいというあれもそうなのだろうか。たしかに感情のぶつかり合いをすることですっきりする、ストレートな表現と感情の露出で、知るまでのプロセスを短縮できるというメリットはあるのだろう。

さて、株式会社土屋では怒りをどう定義しているのだろうか。
バリューの(7) (9)でこう表現されている。
「怒りの爆発は何も生まない、不正には憤ろう、強く、深く、しかし冷静に」
「対話こそ生命線、責めなじることは禁物です」
私としては意見交換の機会を大切にし、決断をもって怒るべきは怒ろうと捉えている。

仕事柄、制度には鋭敏でいるべきだし、意見をしないことは無視、無関心と同義になる。暴力以外で正しく強く大きく静かに憤る必要がある。そうやって権利を獲得してきた歴史を継承することは非常に重要で、ここに怒りという感情を介在させないことはもはやクライアントの死を甘んじて受け入れることを意味するに等しい。

なぜなぜと疑問を持つ行為も現実に対しての怒りに違いなく、問題提起をし、巻き込み、相手が黙っていられないような状況を作る。そしてその先の問題解決を獲得するには怒りを正しく行使する必要があるのだと思う。

街頭のメロウでは足をとめない。
ざらついた耳障りが時として足をとめるきっかけにはなる。
突発的に鳴らすクラクションと、その先を見据えて鳴らすクラクションでは、
同じ怒りでも全く意味合いが違う。
これは怒りそのものが持つキャパシティーと可能性に違いない。

であるならば私は、怒りとは関心を持つことと定義したい。そうなると愛と怒りは両隣にあり、前と後、表と裏に変幻し、時に混ざり合い、分離し、顕現するものなのだろうか。

深みにはまる前に白旗を上げよう。
それがわからないのだから、私にとって怒りとは、まだまだこれからも憧れなのである。

 

◆プロフィール
笹嶋 裕一(ささじま ゆういち)
1978年、東京都生まれ。

バリスタに憧れエスプレッソカフェにて勤務。その後マンション管理の営業職を経験し福祉分野へ。デイサービス、訪問介護、訪問看護のマネージャーを経験し現在に至る。

 

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