職業について⑤ / 浅野史郎

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1993年(平成5年)11月21日(日)の「出直し知事選挙」で当選した。17日間の選挙戦の疲れ、後始末が残っているが、翌日から知事としての仕事が始まる。

知事としての仕事には、最初から違和感なく入っていけた。知事は行政の仕事をする。23年間公務員として行政の仕事をしてきたのだから、その点ではこれまでと変わりがない。違うのは、上司がいないことぐらい。それと、行動の自由がないのがちょっときつい。課長時代は、今日何をする、何処へ行く、誰と会うかは自分で決めていた。知事になったら、これらはすべて秘書課が決める。

仕事の領域が広いことも、課長時代とは違う。課長時代は、something(障害福祉)についてはeverythingという仕事だったのが、知事はeverythingについてsomethingである。「広く、浅く」というのか。この点では、課長時代のほうが良かった。

知事は、日程表に従って仕事をこなす。知事室にいる時は、各部各課の職員から懸案事項について説明を受けることで一日が終わる。受け身の仕事が多い。心が躍るようなことはない。心が躍るのは、大きな決断をする時ぐらい。そんな機会はあまり多くない。今思い出してみると、前知事時代に策定された「みやぎ保健医療福祉中核施設群構想」の中止、庁内裏金づくりの徹底調査、「みやぎ知的障害者施設解体宣言」の発出ぐらいのものである。県警との関係で、犯罪捜査報償費の予算凍結はスリリングであった。

知事の椅子は居心地がいい。うるさい上司はいない。周りがホイホイしてくれる。給料だって悪くない。仕事はきつくない、ストレスなし。こんなんだったら、いつまでもこの椅子にしがみついていたいと思ってしまう。だからこそ、長く留まっていてはいけない。3期12年務めたところで、辞めることにした。名刺の肩書が12年も変わらないなんてことは、今までの職業ではなかった。12年は十分に長い。長過ぎる。

ということで、知事を辞めてから「次何しようかな」と日を送っていた。そこに旧知の金子郁容さんから電話があった。「浅野さん、SFCに来ませんか」というお誘いである。金子さんは慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)環境情報学部教授。少しだけ考える時間をもらって、「受けます。よろしくお願いします」と答えた。

人生のどこかで「学校の先生やってみたい」と考える人は多い。私もその一人。これまで学問や研究とは無縁の人生を送ってきたので、大学教授なんて俺に務まるだろうかとの不安はあったが、教えることへの興味のほうが勝った。2006年(平成18年)4月、浅野史郎(58歳)はSFC総合政策学部教授としてデビューした。

授業は「政策協働論」、「政策法務論」、「地方自治論」、「未来構想ワークショップ」のほかに「障害福祉論」、「マスコミ論」のゼミも開講した。聴講する学生はなべて真面目である。手応えを感じながら講義をすることができた。教えることは面白いな、楽しいなと思ってしまう。

SFCでの2年目に入る前の春休み期間中に東京都知事選に立候補したが、石原慎太郎知事に負けて落選となった。投票日の翌日が春学期の初授業。「先生、もし当選していたら、この授業どうなったのでしょうか」と学生に訊かれた。それには答えず、私は淡々といつもどおりに講義をした。

2009年(平成21年)6月3日、授業終了時に学生たちに唐突に語りかけた。「ATLという白血病になった。明日、入院する。しばらく休むが、キャンパスには必ず戻ってくる」。学生の愕然とした顔。「がんばってください。絶対に戻ってきてください」と涙ぐみながら声をかけてくる学生もいた。そんな声を聴きながら、SFCのキャンパスを後にした。戻ってくるのは、2年後のことであった。

65歳の定年で慶応大学SFCを卒業。SFCでの7年間(実質5年間)はとても楽しかった。いい思い出ばかりである。

次もどこかの大学で教えたい。神奈川大学に電話して「そちらで教えたいのですが・・・」と言ったら「どうぞ」と言われた。神奈川大学横浜キャンパスは自宅から歩いて10分走って5分のところにある。非常勤の特別招聘教授として、SFC時代より少ないコマ数で同じようなことを教えることになった。

神奈川大学には8年も在籍した。73歳まで楽しく働かせてもらったことに感謝しつつ退職を迎えた。

次回は「職業について」の最終回。

 

◆プロフィール
浅野 史郎(あさの しろう)
1948年仙台市出身 横浜市にて配偶者と二人暮らし

「明日の障害福祉のために」
大学卒業後厚生省入省、39歳で障害福祉課長に就任。1年9ヶ月の課長時代に多くの志ある実践者と出会い、「障害福祉はライフワーク」と思い定める。役人をやめて故郷宮城県の知事となり3期12年務める。知事退任後、慶応大学SFC、神奈川大学で教授業を15年。

2021年、土屋シンクタンクの特別研究員および土屋ケアカレッジの特別講師に就任。近著のタイトルは「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」。

 

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