小さな自分を抱きしめて~~お料理、そしておやつ作り~~ / 安積遊歩

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私自身の育った家庭は貧しかった。父の生家は魚屋だったので、子ども時代は刺身や魚卵などの美味しいものも結構よく食べていたらしい。10代で満州に夜逃げ同然で渡ってからも食べることにはあまり苦労したことのない暮らしだったようだ。ところが徴兵され、その後シベリアに捕虜となって捕まってからの7年は食に関して無茶苦茶酷い体験をした。だからジャガイモに憎悪にも近い嫌悪感を持っていた。

母は貧しい小作農の父の元に生まれたので、いわゆる白米だけのご飯は年に2回、盆と正月。それ以外は大きな鍋にサツマイモや麦や大根葉をたっぷり入れて、そこにお米を少しだけ入れてぐつぐつ煮たものを塩味か味噌味で1日2食くらいで育ったという。その上、母は12歳で東京に働きに出されたから、母にとっての幸せは空腹でない状態。私が食事に少し文句を言うと、「食べれるだけ幸せだべよ」と、ボソボソと言っていた。

その2人が結婚して家庭を持ったわけだから、食事についての見解は大きく異なることとなった。父は食卓にジャガイモが並ぶ度に文句を言うし、母は美味しいものを作ろうという時間も十分なお金もなかったから、父にしょっちゅう罵られた。それを聞いて育ったので、私もジャガイモが嫌いになり、料理そのものにあまり関心も持てなくなった。

ところが宇宙は全く違っていた。小さい時から何でも興味があることは、よっぽど危なくないこと以外は止めなかったので、お料理にもよく参加した。特に大好きな私の介助者でもあり教え子でもあったMさんからはお料理だけでなく、おやつ作りの楽しさも伝授されていった。

Mさんは私が非常勤講師で立教大で教えるようになった時の1回生。子どもが大好きで宇宙を始めとして私が関わっていた他の子どもたちについても、私以上によく関わり良い関係を築いてくれた。彼女が私の家に来ると、宇宙は「待ってました!」とばかりに「今日は何を作るの?」と2人でごちょごちょと相談を始める。私は肉は料理して欲しくなかったからその私の想いを受けて、様々なバリエーションを考え、作り続けてくれた。特に春巻きは宇宙とMさんの得意メニューで、その中身は本当に何でも入っていた。春巻きというと、春雨とかお肉とか野菜とかを思い浮かべる人が多いと思うが、彼女らの作る春巻きは実に独創的だった。

私には残飯を捨てるという概念が無かったので、作ったものは全て食べ切っていた。それを受け継いでくれて春巻きの中は、ある時はひじきご飯のチャーハンだったり。これには納豆ご飯や、宇宙が朝食に残した卵かけご飯をチャーハンにして入れるなどのバリエーションがあった。またある時は様々な野菜の炒め物に冷奴の残りを入れたり。シェアメイトに好評だったのは残ったポテトサラダのカレー味。また、おやつかデザートのように春巻きの皮の中にカボチャのマッシュにバナナを刻み込んで入れたり、林檎をジャムにしかけたものとサツマイモが入れてあったりした。

宇宙は小学校に行く前から料理に親しんでいたが、学校の給食にもそれなりに興味があったのか結構食べていた。私は宇宙の健康を守りたかったから、出来るなら弁当を作りたいくらいだったが、宇宙が給食を嫌がる風もなかったのでそれを全部拒否することはしなかった。ただ牛乳だけは牛乳アレルギーということで、宇宙自身も飲まない事を選択した。

「宇宙は骨が弱いから、牛乳を飲まないとだめだよ」と同級生に辿々しい言葉で言われたことがあったという。でも車椅子に乗り、常に介助者がいて、お母さんまでもが電動車椅子に乗って教室までやって来るという、あまりにも人と違っていたことの多かった宇宙。ある時、1年生は3クラスあったのだが、各クラス15分ほどの時間をもらって、「なぜ、宇宙とそのお母さんは2人とも小さいのか」「なぜ、車椅子に乗っているのか」また「なぜ、宇宙は牛乳を飲まないのか」などの数々の質問に私が答える時間をもらった。

子供たちは実に素直で可愛い。「牛乳は牛の赤ちゃんが飲むもので、宇宙は牛乳をそのまま飲むとお腹が痛くなることがあるので飲みません。」と答えると、「お腹が痛くなるなら可哀想だね。」という子がいて、あまりツッコまれることは無かった。今思えば宇宙は家の中では全く肉を食べず、魚もほとんど食べていなかったので給食も辛かったのかもしれない。特に宇宙の隣のクラスの先生は厳しく、少しでも私語をすると怒っていた。その声が普通に話をしながら給食を食べていた宇宙のクラスにもその声が聞こえるほどで、宇宙はその声も嫌だったに違いない。

1年半後、宇宙は小学校を辞めて、生まれて初めての給食による肉食生活が終わった。その後、宇宙の父が運営していた週2回の小さなフリースクールに通う中で、宇宙はベジタリアン料理を本当に楽しんでいた。

「門前の小僧、習わぬ経を読む」という格言があるが、学ぶとは本当にそういうことなのだと思う。宇宙に私は一度としてヴィーガン料理をきちんと伝えた覚えはない。にも関わらず、いつの間にか私よりもずっと上手にヴィーガン料理やお菓子をいっぱい作ってくれるようになった。料理を楽しむことができれば、暮らしも楽しいものになってゆく。ニュージーランドでも毎日お弁当を作りながら仕事に通い、時にはシェアハウスにさらに友達を招き、日本食のヴィーガン料理を振る舞い日々を楽しんでいる。

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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