人類は生き延びれるか①〜エレベーターが駅にできるまで〜 / 安積遊歩

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ここでは最近、「小さな自分を抱きしめて」というテーマ、宇宙との育ち合いの連載をしてきた(時に番外編もあったが)。しかし、差別やエネルギー、環境問題等で命への攻撃が深刻になってきているので、その連載だけでなく、もう一つ連載を始めることにする。この「人類は生き延びれるか」という大きなタイトルは、人類だけが生き延びればいいということでは全くない。全ての命が生き延びるためには、まず人間が争いと競争をやめなければならない。そこから自由になって、尊重と協力、助け合い、分かち合いの世界へシフトしよう。

私の認識では、このままでは、全ての命は生き延びられないくらいのところにきている。その自覚に立って、私は様々なことをしてきたし、している。今回は、エネルギー問題も絡めながら、エレベーター設置までの運動を見てみる。

2016年のやまゆり園事件前後から、差別意識が少しずつ拡散している。もちろん、あの事件だけではなく、一年半前からのコロナ禍の影響も甚大だ。人々の間に、今だけ、金だけ、自分だけの気持ちが、少しずつ強まっている気がする。

ところで私は、人より骨が脆く、身体中の骨が折れやすい。特に両足の大腿骨が折れやすく、小さいときは肋骨もよく折れていた。ただ両足の大腿骨は激痛なので、全く動けなくなるが、肋骨はくしゃみをしたり、しゃっくりをしただけで、よく骨折していた。大腿骨に比べるとその痛みは、全く酷くはなかった。

母は、私の痛みには、私以上に敏感だった。私が痛いと言うと、すぐに動かさないようにして、何もかも至れり尽せりでやってくれたから、その痛みは、一週間もかからず引いていった。思春期くらいまでの頻発する時期を経てからは、慎重に注意深く生きたので、骨折はほとんどしなくなった。

20代で車椅子を使うと決めてからは、行動範囲は国内を超えて世界規模にもなった。日本国内、行っていない都道府県はないし、訪れた国々は30ヶ国近くにもなる。「あらゆる世界を見てみたい」と爆発するエネルギーを支えてくれたのが、この車椅子を使うということであった。しかし、当時は、ほとんど全ての駅にエレベーターはなかった。だから階段を使うしかなかった。そして、階段を使うということは、周りの人たち、通行人や駅員に車椅子ごとの上り下りに手を貸してもらうということであった。

それを少なく見積もっても、20年間で数千回はした。あの頃の日常には、エレベーターがなかったのだから、それが当然だという意識でやっていた。現在は、別に車椅子に乗っていなくても、ほとんどの人が、階段だけではなく、年に少なくとも数回は駅のエレベーターを使っているだろう。特に、お年寄りやベビーカーを押している大人たちは、エレベーターを上手に乗りこなしている。

ところで、私の身体は骨が脆いわけだから、この長期にわたる階段の上り下りは、なんともリスキーなものであった。とんでもなく、怖いことであったと今更ながら思う。毎日毎日が、命懸けの大冒険の日々であった。

それを支えたのは、障害をもつ私個人の決断だけでなく、多くの仲間、そして、全ての人の身体は変化していくという「想像力」であった。生まれた時は、ベビーカーを使い、歳をとってからは車椅子を使う人も多い。そうした身体の変化に対応して、エレベーターを付けておくことは全ての人のためになると考え続けたのだ。

そして、もう一つ理由がある。それは、エネルギー問題である。階段の上り下りがほとほと嫌になって、車の免許をとる仲間が増えていく中で、私は、自分だけのことなら、それもいいな、とは正直思った。しかし、免許をとろうと思っても、身体の状況で、それを諦めざるを得ない仲間もいっぱいいる。何より、車が増えれば増えるほど、化石燃料のばら撒きによるエネルギー問題は深刻になる。

もちろんエレベーターをつけることによって、電気が多く使われてしまう現実もある。だから、そこだけを見ると、その問題に対する有効な解決とは言えないかもしれない。しかし、駅という公共の場から歴然と排除されている幼な子たち、障害をもつ大人たち、そして、お年寄りたちがいることは、多様な命の尊重を学ぶことをさらに困難にさせる。だから私は、駅や街のあちこちに登場することで、命の多様性を目の当たりにしながら、共に差別なく生き合える社会を実現しようと思ったのだった。そのためにも、エレベーターや私たちに使いやすいトイレの設置は必然だった。

この、差別をなくすことに取り組むことと、エネルギーの節約に取り組むことは、一見矛盾しているように思えるが、それは全く違う。差別は、様々な力をもっている側が、それをもっていないと決めつけられる側に対して、尊重とは真逆な態度、そして時には暴力でやってくる。その背景には、無知と無関心が大いに利する。その無知と無関心を覆すためにも、エレベーターや多目的トイレの設置は必要だったのだ。

どの世界にいる人々にとっても、どの命にとっても安心で平和な暮らしを実現することが、人類が生き延びるための最初のスタートなのだという観点を、これからの連載でさらに見ていこう。

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

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