雑記 ~学年だよりを真剣に読んでみた~ / こもとゆみこ

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娘が学校から「学年だより」を持って帰ってきました。

その内容は、道徳の教材「ジコチュウ」という物語を読んだ生徒達の感想でした。

「佐々木か・・・、嫌な奴と同じ組になった。班長の僕は頭を抱えた。」と物語は始まります。

あ、これを読む「佐々木さん」がいたら、ごめんなさい。あくまでも、教材の中の佐々木さんのことですよ。

この「佐々木」さんは、成績も良く、言うべきことはズバッと言う、筋が通った女の子です。

私は、「なんだ、出来の良い女子に手こずっている男子の話か・・・・」と思って読み進めていきました。

その佐々木さんは、例えば、放課後に班で何か作業をしている時でも先に帰ってしまうのです。でも、彼女は割り振られた仕事は完璧以上に済ませて帰ります。班長である「僕」は「皆がまだ作業しているのだから」と咎めました。すると、「だらだらやっている皆に合わせる気はない。私には用事がある。班長からこんなに遅くなるとは聞いていない」と理路整然と言われて反論もできず、腹を立てて「ジコチュウ!」と彼女の後姿に吐き捨てるのがやっとなのでした。

ある雨の夕方、「僕」が母親に頼まれてスーパーに傘を持って行ったときに佐々木さんを見かけます。お母さんは彼女に傘を貸してやり、「僕」に「彼女が買い物をする姿をよく見るわよ。お家の手伝いをしているのね」と教えてくれます。

翌日、佐々木さんが「僕」に傘を返しがてら次のような手紙を渡しました。

「傘をありがとうございました。母が入院中で弟と妹の面倒を見なければいけません。私には皆と同じ時間のゆとりはありません。ジコチュウと言われるのは嫌だけど同情されるのはもっと嫌です。だからするべきことはちゃんとやります。」

この話を読んでの、生徒の学び・感想が紹介されていました。

・自分の意見もちゃんと言いながら、ジコチュウにならないよう話し合って相手の事情を聴けたら良いと感じた。

・1つの出来事で相手が悪いと決めずに、なぜ相手がその行動をしているかを考える。

・思ったことをすぐに言わず、しっかりと相手の気落ちや事情や気持ちを考えて行動する。

・自分勝手な行動や言動をすると周りにも影響が出てしまう。周りの人のことを知ることが大事だと考える。

・事情があれば伝えあい、言えるような優しい雰囲気を作りたいと思った。

・人ことを考え、受け入れる、事情を聴く、謝るなど行動に移すことだけではなく、あえて知らないふりをするのも優しさだと思った。

・相手が自分には計り知れない事情があって悩んでいるかもしれない、疲れているかもしれない、辛い思いをしているかもと感じて、言葉を掛けたいと思う。

等々、お互いを思いやるという気持ちを学んだようです。

大人でも、かなりのジコチュウ的な言動・行動で人を批判し、周りの人を振り回して、そのことに気づきもしない人がいますが、14、5歳の中学生でもこれくらいの想像力と人を思いやる気持ちを心に刻めると言うのは、素晴らしいことだと思いました。

ジコチュウとは、誰が誰に叫ぶ言葉でしょうか、今自分が思った相手への負の感情は本当にそうでしょうか、相手にジコチュウだと言っている方も別の人から見ればジコチュウなのかもしれませんね。

もうひとつ、先日テレビの番組の中で見た夫婦のやり取りと言うお話しが同じお便りに載っていました。

妻「今日の夕食、何にする?」
夫「何でもいいよ」
妻「何でも?!何でもと言うのが一番困る」
夫「簡単なものでいいよ」
妻「味噌汁だって簡単ではない、簡単なのはカップ麺」
夫「カレーでいいよ」
妻「・・・で、いい?!」
夫「・・・・」

この手の会話、よく聞く話ですよね。先生もこれと同じような返事をしてしまって奥さんや娘さんに怒られたそうです。

この学年だよりを読んで、私も沢山考えさせられました。

夫婦であっても日常会話での言葉の掛け方ひとつで、お互いの心に影を落とすのですから、他人には細心の注意を払わないと(払っても)どう転ぶかわからないということですね。

この会話の中で、夫は気を使って「何でも良いよ」と言っているつもりでも、妻の求めているのは多分「お疲れ様、今日は外食にしようか」とか「手伝うから○○にしよう」などの言葉でしょう。今流行りの韓流ドラマが主婦に受けるのは、女性が困っている時に、必ず助けてくれる男性が登場するからだそうです。
日本で言えば、困っている民衆の為に悪代官の前に颯爽と立ちはだかる水戸黄門や大岡越前の様なものです。(ちょっと違うかも。しかも古すぎますかね)

女性が人生の中で一番大変な時って、多分小さな子を育てている時だと思います。夫はこの時期に妻任せにせず、した事(手伝いじゃないですよ、子供じゃないんですから、家に居る大人として同じ視点で家事や子育てをする事が大事なんですって)や、「大変だね。一緒にやろう」という一言が言えるだけで、妻から生涯に渡っての高い評価がもらえるそうです。

もうずいぶん熟年夫婦ですが、私も今日のお昼に夫に言ってみました。

私「お昼ご飯、何が食べたい?」
夫「何でも良いよ」
私「(でた、何でも良いよ!)麺類とおにぎり、どっちがいい?」
夫「おにぎりでいいよ」
私「おにぎり で、いい?」

ここで夫は気が付きました。

夫「おにぎり が、いいです。」
私「おっけー」
無事、夫は私から高い評価を得ました。

我が家の場合、夫に何か、家事を助けて欲しいとはハナから思っていないので(それはそれで夫は頼りにされていないと落ち込みますが、無理なのですから仕方がないです)、特に妻の言葉に敏感に反応するという事が求められているわけです。でもそれは、私も同じです。自分が求める以上は、私も夫の言葉には敏感に反応することが求められるわけです。

妻側も、頑張りを褒めて、認めて、助けてと、「貰う」要求だけではなく、夫への思いやりを忘れてはいけないという事ですね。お互いが対等に思いやれるというのは夫婦、家族であっても大切だな。ジコチュウにならないようにしないとな。と、これを書きながら思い至りました。今の段階ならまだ遅くはないと思います。

古本家は、今回の「学年だより」に感謝しています。

 

古本 由美子(こもと ゆみこ)
本社

 

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