本の出版について② / 浅野史郎

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「豊かな福祉社会への助走part2」の次にできた本は「誰のための福祉か〜走りながら考えた」というもの。「アサノ課長が知事になれた理由」(1995年11月 菊地昭典著)の出版記念パーティが仙台で開かれた時、この本の編集者だった岩波書店の小野民樹さんに会った。初対面の小野さんとの雑談で「浅野さん、一緒に本作りませんか」という話になった。その時までに書き溜めた原稿があったので、気軽に「いいですね、やりましょう」と答えた。心の中はうれしさ一杯。あこがれの岩波書店からの申し出であることが単純にうれしかった。

「誰のための福祉か」は1996年5月、岩波書店から出版された。内容は「現代社会保険」に「杜の都の空から」という毎月連載していた随筆(第一部)と、週刊福祉新聞に「ジョギング知事の走りながら考えた」のタイトルで連載していたコラム(第二部)をまとめたもの。いずれも、書き下ろしではない。第三部は書き下ろしならぬしゃべり下ろしで、辛口評論家の佐高信さんとの対談<官僚・選挙・知事>を収載した。佐高さんは「アサノ課長が知事になれた理由」を読んで私に興味を持ったらしい。

出版してから時間が経つと、未掲載原稿が溜まってくる。「杜の都の空から」の原稿と「ジョギング知事の走りながら考えた」の原稿で本一冊分に十分である。地元仙台の「本の森」という出版社に声をかけて、私にとって4冊目の本を出版してもらうことになった。「福祉立国への挑戦——ジョギング知事のはしり書き」というタイトルは「本の森」のほうで決めてくれた。「福祉立県」でなく「福祉立国」というのは誇大広告である。また、中身は福祉問題だけではないので羊頭狗肉でもある。出版の日付けは2000年2月8日にしてくれた。私の52回目の誕生日である。「本の森」の「ほんの小さな親切」かなと思った。3月7日には地元仙台で出版パーティ。

こんないい加減な本、一体誰が読むのだろう。この言葉は当時中学3年の次女がこの本を手にした時に、彼女の口から発せられた。そうだなあ、こんな本を1700円(+消費税)を払って読もうとするのは、どんな人なのか、私自身も不思議に思ったものである。

ところが、ところが、「こんな本誰が買うんだろう」と言っていた娘が、あっという間に読み終えたという。まさに走り読みだなと私。「それでどうだった?」。「結構面白かった。ふだんお父さんこんなこと考えてんだということが初めてわかった」。うれしいなあ。こういう読者がいるからもう少し原稿書き続けようかと思ってしまう。

この本が出てしばらくして、「本の森」は倒産してしまった。「浅野さん、申し訳ないです。印税払えません」と言ってきた。はじめから印税など期待していなかったから、がっかりはしていない。「その代わり」といって、百冊送ってきた。そのうち50冊は東京新橋の「2BEAT」に置かせてもらった。なっちゃんママはお客さんに、「この本いいよ、面白くてためになるよ」とかいって、お客さんに(安価で)売り込んだらしい。

その後、まだまだ原稿は溜まっていく。その原稿たちを集めて一冊の本ができてしまった。2003年11月「アサノ知事のスタンス」という本を「ぶどう社」から発刊。ぶどう社の市毛研一郎さんによる紹介文。“知事としての日々の中の、心温まる身辺雑記//地方から本当の民主主義を、地方分権への熱い思い//言葉についての、ウイットに富んだ考察//アサノ知事の、旺盛な好奇心と言葉で表現することへの飽くなき欲求が溢れる、楽しいエッセイ集”。この紹介文だけで、硬軟ごたまぜのてんこ盛りということがわかる。

同じく2003年11月、「アサノ知事のメルマガ」が同じく「ぶどう社」から出版。限定300人宛に毎週火曜日に発信していたメールマガジン第1号から第106号を収載している。「メルマガ」と「スタンス」とはページ数(222頁)も同じ、価格(1800円)も同じ。そして、出版パーティまでも2冊分合同でやってしまった。

次回に続く

◆プロフィール
浅野 史郎(あさの しろう)
1948年仙台市出身 横浜市にて配偶者と二人暮らし

「明日の障害福祉のために」
大学卒業後厚生省入省、39歳で障害福祉課長に就任。1年9ヶ月の課長時代に多くの志ある実践者と出会い、「障害福祉はライフワーク」と思い定める。役人をやめて故郷宮城県の知事となり3期12年務める。知事退任後、慶応大学SFC、神奈川大学で教授業を15年。

2021年、土屋シンクタンクの特別研究員および土屋ケアカレッジの特別講師に就任。近著のタイトルは「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」

 

  
 
 

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