人類は生き延びられるのか〜畑に集う①〜 / 安積遊歩

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最近畑によく行く。農業者の知人が畑を購入した。その畑にその友人知人がみんなでお金を出し合い、みんなの畑にするというので私も少し出資した。畑の作業はしないけれど、畑の脇に小屋を建てたのでその小屋に行って読書をしたり、みんなが働いたりするのを眺めたりする。実に気持ちがいい。

私の介助をしている人は20代の人が多い。その介助をしている人たちに命と触れ合う場所を提供することが本当に大事と思っている。命に満ち溢れている大地に触れることで自分の中にある命に気づいてほしいと思うのだ。

ただ、その畑は家の近所ではない。車で50分前後かかる。しかし、車を購入することには抵抗があった。一時は持っていたのだが、公共交通機関を使った方がいいと考え、3年前に手放した。バスや電車にリフトやエレベーターをつけてきたのに、車を使うのはもったいないと思って、さよならをしたのだった。

ところが、友人から「まだ6万キロしか乗っていない車をあげたい」と言われた。一瞬、上記のような理由で心ざわめていたが、いちいちバスに乗るたびの運転手とのやり取りにも疲れていた。バスに乗ると数回に一度は「予約はしたか」とか、「連絡をしたか」と言われた。バスを使う度ごとに介助者の選出とか、車椅子で歩くにはどの道がいいか、など考えることは多いのにその上、そんなことを言われるのには、ほとほと嫌になっていた。

私が住んでいるところの70~80%にはリフトが付いている。にも関わらず、車椅子を使って乗る人は、本当に少ない。その少ない人たちは、みんな大人しく予約や連絡をしているそうなのだ。

私は言われるたび、「バスは公共交通機関なのだから、予約はする必要はない。もし予約するのなら、タクシーと同じなのだから、家の前まで迎えに来てほしい。」と言い続けた。そして、要望書をもって、一人で本社や支社に回ったこともあった。言っても私の中に不快感は残るが(もちろん言われる方もだろうけれど)、言えば言っただけ、少しは変わっていく。

変化に気付きながらも、コロナ禍でのステイホームを乗り切るためにも、やはり車は喜んで頂くことにした。

閑話休題
身体は命の宮なのだと20代の初め、ベジタリアンの友人から言われた。命のお宮である身体というものを丁寧に綺麗に扱うことで身体は喜ぶし、長生きもできる。この「綺麗に、丁寧に」という言い方は「みてくれ」のことを言っているわけではもちろんない。

私は「みてくれ」にはほとんど興味がない。ファッションとか化粧とかしたいという気持ちは全くないしこだわりもない。なぜそこにこだわらないかという理由も私がこの身体で生まれてきたからだ。化粧もファッションも人からの眼差しが大いに気になってのことだと思うが、障害者運動を始めてから人からの眼差しは、全くどうでもいいことに徹底的に気づいたのだった。

運動の中で、「全ての人と対等で平等な社会をつくろう」と本気で思っていた。だから、人からの眼差しに左右される自分ではいたくない。それは、様々な身体を持つ人を排除することになるし、他人に注目をもらおうとするより、自分で自分に注目をあげる方がずっと穏やかでいられる。

お化粧やファッションで気にするところの「人からの眼差し」の一つに、強力な美の基準がある。そしてその基準を画一化し、それを煽ることで大量消費が増長し利潤を上げようとするシステムが肥大化するのだ。そして最近は男性もそこにお金をかけることが流行りだした。美容産業が生み出す利潤は軍需産業や製薬産業等々と並んで、全世界10位以内に入るというから驚く。

女性は自ら美しくなりたいと思うものだとか、美しさを求めることは人間の本能だと言うような言説があるが、それはあまりに一方的な狭量な考えだ。障害者運動をして様々な身体を持った仲間たちに出会っていく中で、私は全ての身体がかけがえなく美しいのだという真実に立てるようになった。そして身体をつくる食べ物や空気や水の重要性に気づくことになったのだ。

そんなときに、畑に出会った。畑や田んぼも大量消費至上主義の中、農薬や化学肥料、除草剤にまみれ、大変なことになっている。私の実家は、梨のフルーツ畑が家のすぐ近くにあったから、梨の季節になると少なくとも10回以上は、早朝から白や黄色の農薬が機械を使って撒かれた。

あまりの凄さに、母が台所や物置の窓の外側にカーテンをつけた。そのカーテンにもまた農薬がびっちりと付いたから、私は梨や桃や林檎への食欲を失った。中学の同級生で、フルーツの専業農家を継いだ友人には心から減農薬を勧めた。彼女自身、産後の肥立ちがよくなかったことから自然食に興味を持った。そして、自分のしている農業との関係性を考え、彼女の両親とは違った農の在り方を模索してくれた。

その後、木村秋則さんの『奇跡のりんご』を読み、彼女にもそれを挑戦してほしいと思ったものだが、それ以上に福島の大地は原発事故による放射能で大量に汚染された。福島に実家があることで、私の自然農法による畑への憧れや学びは、さらに深くなり、それが今回の畑への出資につながったのだ。

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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