『続・パパは新米支援員』【後編】 / わたしの

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「香苗さんってロック聞く?」

なんて声をかけたらいいか迷ったあげく、とにかく声を出してみようと思って喋り始めたら、こんな質問の形となって言葉になった。
「俺は馬鹿だから計算も計画もできねぇ!」最後は開き直って自己擁護するしかない。

声をかけられた香苗はびっくりしたような顔をした。
少し離れた席に座っていた奇妙なおじさんから急に質問されたのである。

最初は何を質問されたのかも分からないほどだった。

「ロック?」

小さな声で聞き返した。

「そう、ロック」

虎吉はノートパソコンのモニターから顔を上げてキラキラした目で香苗を見返した。

香苗もまたまっすぐな視線を虎吉に向けた。

「聞きませんし、知りません」と答えた。

「知らないの!?」

「知りません」

「キングクリムゾンは?」

「知りません」

「レッドツェッペリンは?」

「知りません」

「ディープパープルはもちろん知ってるよな?」

「知りません!」

「嘘だろ?知らずにどうやって生きてきたんだ?」

虎吉には信じられない。

虎吉にとって、生きていく中で澱のように心の底に溜まっていく不平不満や憤りを解消する手段としてロックンロールは存在した。ロックがなければ死んでしまうというのは決して大袈裟ではない。
こんな自分でもなんとか生きて来れたのはロックという表現手段があったからだ、と虎吉は考えていた。

「困ったな。じゃあ君は何を救いに生きてるんだ?」

その言葉を聞いて香苗は吹き出して笑ってしまった。
可愛らしい笑い方だった。
香苗の笑顔を見たのははじめてかもしれない。

香苗はくすくす笑いをこらえながら、
「虎吉さんってナルシストですね」と言った。

「ナルシスト?」言われた意味は分からなかったけれど香苗がそんなことを言うとは思わなかったのでびっくりしたし、なんか嬉しかった。

「俺はナルシストかな?」虎吉は照れながら聞いた。

「そうですよ、変な人ですね」

香苗もまた虎吉のことを変だと思っている。

「香苗さん、さっきの畑山さんとの話を聞いちゃったから言いたいことがあるんだけど」

「何の話ですか?」

「アサーティブの話」

「ああ、研修のことですね………」

「香苗さん、もしアサーティブするために言葉を選ぶあまり何も言えなくなるくらいなら、アサーティブなんてしなくていいと、俺は思ってる。遠慮はいらない。ぶちかましなよ。ロックした方がいい。そのまま気持ちにまかせて伝えていいよ。マネジメントする必要なんてないよ。だけど、だけど。聞いてください。大事なのは、そのかます不平不満や怒りがつまらないものじゃないかどうか?ってことだ。正しいか正しくないかじゃない。立派か立派じゃないかでもない。偉いか、偉くないか、でもない。俺はみんなに言いたい。その自分が抱いた感情には、責任持てよ。それだけは自分で責任持て。そんでそれが例えば誰かの悪口とか、自分の満たされない気持ちからくる妬みとかだったら、それは本当にクソだ。なんて言ったらいいんだろう。時間の無駄だ。人にとって価値がないとは言わないよ、大事だろう。サバイバルなんだろうよ。自分をつなぎとめるために。だけど、暇なんだなーとは「俺は」思う。一般論ではない。こいつは不平不満を言うつまらねぇ人生を送ってるんだな、と俺は思う。俺に思われようが知らねぇよ、おまえにつまらねぇって言われたくないし。何様だ、てめえと思う。そりゃそうだ。赤の他人だもの。音楽をこじらせて38歳にもなってアルバイトだもの。でも、それを無視して突き進むぞ。不平不満。誰かのさ足引っ張って暇つぶししてるんだから、まぁ悪口とかさ、蜜の味だってことも知ってるよ、結構楽しめる。いっときはスカッとするかもしれない。でもつまらないよな、広がらないよな。長くは楽しめないよ。あとで後悔するし。所詮蜜だ。蜜止まりだ。つまらねぇ。それで人生を終えるのかって自問自答してほしい。

よくさ、同僚の悪口とか、上司の悪口とか聞くよ。あれが駄目とかこれが駄目とか。私だったらこうするのにとか。それをさ、アサーティブで伝えろってのも無理があるじゃん。香苗さん、どう思う?アサーティブ磨いて結構。どうぞ学んでください。つまらねぇって。それだけじゃん。アサーティブって、人を傷付けないように自分の思いを伝える技術って言うけど、そのさ、伝える思いの質はどうなの?怒りの質はどうなのよ?なんか質って言いたくないんだけど、なんて言えばいいんだろう。思いの程度?思いの品?思いの高さ?思いのまっとうさ?その思いの内容抜きには考えられない。言わないより、言ったほうがいいさ。そりゃ健康だ。発散できるでしょ。でも、それで満足かい?つまらない奴に付き合ってる時間も無駄だな。ぶちかますなら、ロックするなら、自分の満たされない心を埋めるために誰かを蹴落とすようなことじゃなくて、間違ってることを間違ってるって言おうよ。怒るのではなくて、憤ろうよ。その気持ちが、自分の中にもあることに気づいたよ。香苗さん、俺は、ろくでもない生き方をしてきた。弱い人間だ。差別する。偏見もある。嘘もつく。見栄も張る。騙すし、取り繕うし、煙に巻く。こんな自分が共生社会の実現に寄与?絶対にできない。多様性を受け入れられるわけがない。俺は道に迷って気が付けば福祉の仕事で日銭を稼いでいる。働き蜂だ。歯車だ。福祉で働いているのにも関わらず博愛の精神には程遠い。仏にゃなれねぇ。そんな俺は多様性を受け入れるだけの人間なのか?いや、そんなことはない。本当にない。でも、この仕事をしている。生きていくためには働くしかない、というてめえの満足や利己が大きい。パニック障害の妻と3歳の娘のために働かなきゃならねぇ。食いぶちだ。だけど、それだけじゃない。それだけじゃないはずなんだ。誰かが苦しんでいるときに心の底から憤る気持ちが湧いてくるのも事実。困っていたら助けてあげたいと思うのも、本当だ。施し、ではなくて。世話する、とかでもなくて。怒りが湧いてくる。虐げられた人々や差別を目の当たりにした時、俺の心が震えるんだ。震災などでまだまだ不自由な人が多い中、世界的な運動会の開催に躍起になっている政治家には憤りしかない。医療従事者やエッセンシャルワーカーが最前線でこうして頑張ってくれているというのにお祭り騒ぎなんてできないよ。それがまっとうな感覚ではないかい?それから差別や虐待を目にしたとき、耳にしたとき、俺の心の底から湧き出してくる憤りの気持ち。間違ってるものを間違ってるという気持ち。そして、その勇気。アサーティブ?悪くない。でも、アサーティブしようとして言葉が出てこないで飲み込むなら、する必要はない。吐き出せ。それに共感してくれる人がここにはいるから。同じ怒りを感じてる人が。同じ憤りを感じてる人が。同じ苦労を経験している人が。同じような悩みを持ってる人が。不平不満や憤りによっては、仲間がいるよ。それは社会を変える。だからアサーティブの前に、香苗さん、あんたの言いたいことについてちょっと考えてみ。あんたの怒りについて考えてみ」

言い終えて虎吉ははっと我に返った。
話し始めると、時々頭が真っ白になってずっと喋ってしまうことがあった。
「またやっちまった」息が荒れていた。

「えぐっ!」

香苗が言った。

そして「ハハハハハハ!」と突然声を出して大笑いした。

昼下がりの風の通る二人きりの職員室に香苗の笑い声が響いた。

「え!?」

「虎吉さんって面白い。何て言えばいいのかな、全力でズレてる。相手のこと全然見てない」

香苗はそう言って席を立った。

「やっぱりナルシストなんだなー(笑)」

そして、そよ風のように職員室から出て行った。

いつもと違う姿を目にして虎吉が唖然としていると、香苗が戻ってきて、

「今度、レッドツェッペリンについて教えてください」

と言って微笑み、また去って行った。

職員室にひとり取り残された虎吉はぽかんとしてしまったが、すぐに愉快になってきて、

「ツェッペリンも教えてやらなきゃならねぇし、仕方ねぇ、もう少しこの仕事続けてやるかな」と、つぶやいた。

ーおわりー

虎吉のことをもっと知る
これまでの『パパは新米支援員』はこちら↓

『パパは新米支援員』前編 / わたしの

 

◆プロフィール
わたしの╱watashino
1979年、山梨県生まれ

▼ 音楽
https://note.com/wata_shino/n/nf4989b561ab7

▼ 文
https://note.com/wata_shino/n/nd7b0f566bb9f

 

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