私が介護のお仕事を始めた理由 / 近藤祐輔(ホームケア土屋 静岡)

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私が介護のお仕事が何かを知るきっかけが起きたのは、今から 6 年ほど前になります。
よくある理由の 1 つではあると思いますが、当時、実家では父親がアルツハイマー型認知症と診断されて 1 年ほど経っており、最初の頃は物忘れがあるぐらいでしたが、段々と進行していくにつれて、物の名前や使い方が分からなくなり、家族の顔、名前も分からなくなっていき、外出するのもなかなか出来なくて困難な状態の日も出てきました。

そんな状態の時に、家庭内で父親の対応をしているのは母だけというような状態でした。 子供達もまだ小学生なので、病気だと分かってはいるけど、おじいちゃんが怒鳴ったり物に当たっていたりする姿をよく見ていても理解が出来なくて、距離を置いてしまって生活をするようになってきてしまいました。そんな生活になっていく中で、いろいろと相談に乗ってくれて、父親、家族の生活を考えてくれるような人とも出会いました。その時に初めて「ケアマネージャー」という人がいる事を私は知りました。

母といろいろな話をして家族や父の事を考えてくれて、どうしていくとよいのかをいろいろと提案してくれたそうです。今ではそれが仕事で当たり前の様に思っていますが、その時は何も知らない時でしたので、お金も払わないで家まで来てくれて人の家族の為にいろいろ動いてくれるなんてすごい人がいるなって感心しました。

そんな中、私も話す機会もあり、気になるお金の事など聞くと、負担金は少しあるが足らない部分は国が出してくれる事を知りました。この頃から私は、介護の仕事がどの様に成り立っているのかを知るようになりました。

高齢化社会になってきて、介護の仕事は人手不足というぐらいの情報を知っているだけで、実際にどんな仕事をしているのかは全然知らず分からない感じでした。興味があった程度ではありましたが、母から今度施設見学に行くと聞いたら時間が合えば一緒に行き、どんな事をしているのかを見に行ったりしました。でもその頃は楽しそうな仕事だけど家族を養っていくだけの給料は貰えないと思って、まさか自分が本当に働く様になるとは思ってもいませんでした。

私のそれまでの職歴としては、人と関わる仕事で喜んでもらえる事が好きで、接客業の仕事をしておりました。仕事場のお客様には高齢の方も多くおられて、顔を見れば声をかけてくれて嬉しかったりしました。

いろいろな事がある中に、自分の仕事場でも会社の方向性が変わる時期でいろいろな事を考え転職を考える時期がありました。家族もいる中なので生活にかかるお金は必要なので、将来性がないとやはり転職は出来ないと思い、なかなかいい所には出会えずにいました。

そんな中で、イメージで給料は安いと思っていたので介護関係のお仕事では探していませんでしたが、父親の事もあり、嫌いではない仕事ではあると思っていたので介護関係の求人も見てみる事にした所、前職の求人を見つけ、ちょっと面白そうだなと思って応募をしてみました。

面接をしてからは高齢者ではなく障害者が対象でしたが興味津々になり、自分に将来性もありそうだと感じたので私の行動も吹っ切れて動けました。自分の年齢もありますが、家族の生活を支えるには中途半端な気持ちではやれないと思い、有給を使い資格も取りに行きました。

いざ実際に支援に入るとケアをする大変さを知りました。今では多くの人と出会い、その方々が抱える問題を会社で何とか出来ないのかを可能にしていく事が楽しい日々で、いい仕事にめぐり会えたと思い働いております。

 

近藤 祐輔(こんどう ゆうすけ)
ホームケア土屋 静岡

 

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