本の出版について⑤ / 浅野史郎

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私の最新作であり最終作でもある「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」は、2018年9月15日にぶどう社から出版された。「浅野史郎が語る”障害福祉と私”の回顧録」と説明文にある。

回顧録として書き始めた本であるが、書いているうちにはそこでとどまらず、共感、義憤、感涙といった生の感情の表明にまでいってしまった。むしろ、生の感情が入らない回顧録では無味乾燥で面白くないだろうから、これでいいんだと考え直した。あったことを淡々と書き残すだけではインパクトのないつまらないものになることに気がつき、途中まで書いたところで8頁もある「序文」を書き足した。さらに、タイトルに「優生思想を乗り越えて」を加えた。「知的障害者の人権」をキーワードにした本にしたいと強く思ったのである。

最後の著書である。これまで書いた原稿の寄せ集めでなく、書き下ろしでいきたいと考えていた。書き始めたら、思いがどんどん湧いてきて、すらすらと書けたような気がする。すらすら書いてできあがったこともあり、「最後の本だぞ」といった思い入れはあまりない。淡々と書いて、ごくごく普通に出来上がった。出版パーティも、最後を意識せず、いつもどおりに開催された。

本書は私にとって11冊目である。そのうち、ぶどう社から6冊出している。ぶどう社代表の市毛研一郎さんの勧めがなければ、本の出版など考えることさえなかった。今回は、市毛さんの娘のさやかさんに持ちかけた押しかけ出版である。市毛さやかさんは私の無理なお願いへの文句を飲み込んで、立派な本に仕立てあげてくださった。感謝の気持ちで一杯である。本書を天国からさやかさんを見守っている市毛研一郎さんに捧げたいと思った。

「本というものは著者にとって自分の子供のようなものではある。出来が悪いほど可愛い。そして、いったん世の中に出れば、あとは親の手を離れて一人で育っていくものである。責任があるようで、怖ろしいようで、それでいて期待もしたくなる。世の中の人たちにも少しは可愛がっていただけるように。生み出した親としては、そんなことだけを願っている」。毎回のあとがきに、こんなようなことを書いている。

自分の子には、名前をつけなければならない。これがなかなかうまくいかない。「福祉立国への挑戦」とか、「許される嘘、許されない嘘」というタイトルは、ただただ恥ずかしいばかりである。「アサノ知事のメルマガ」という、そのものズバリの安易なタイトルもある。これも恥ずかしい。

本のタイトルで秀逸だと思うのは、札幌いちご会の小山内美智子さんの著書である。「車椅子からウインク」、「車椅子で夜明けのコーヒー」、「あなたは私の手になれますか」などがある。タイトルだけで中身がわかる、しかも詩情が感じられる。私の本のタイトルは、味も素っ気もないものか、中身と結びつかない形である。小山内サンの本の秀逸なタイトルとは、比べようもない。

原稿を書き、原稿が溜まって本になり、その本が出版される。この過程自体が、楽しいものだというのは、本を書いてみて初めてわかった。一冊の本を書き上げたという達成感がある。出来上がった本を、本棚に飾って眺めると満足感が湧いてくる。そして出版記念パーティ。初めての出版パーティが実に楽しいものだったものだから、やみつきになってしまった。友人、仲間、同志に囲まれて話に花が咲く。「出版パーティをやるために本を書いている」というのはホンネに近い。

本を出版しても流行作家でないので、ベストセラーにはならない。ちょこちょこ売れても印税は稼げない。それでも、本を出すことは楽しいことである。本の出版は、浅野史郎の愉快な人生の重要な構成要素になっている。

次回に続く

 

◆プロフィール
浅野 史郎(あさの しろう)
1948年仙台市出身 横浜市にて配偶者と二人暮らし

「明日の障害福祉のために」
大学卒業後厚生省入省、39歳で障害福祉課長に就任。1年9ヶ月の課長時代に多くの志ある実践者と出会い、「障害福祉はライフワーク」と思い定める。役人をやめて故郷宮城県の知事となり3期12年務める。知事退任後、慶応大学SFC、神奈川大学で教授業を15年。

2021年、土屋シンクタンクの特別研究員および土屋ケアカレッジの特別講師に就任。近著のタイトルは「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」。

 

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