信頼について / 佐々木 優(ホームケア土屋 四国)

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「コミットって誓約なんだよ!佐々木さん、スタッフを信頼してもいいけど、絶対に信用したらダメなんだよ!分かってるのか?!(怒)」

これは、かつて私が金融業に就いていた頃、当時のエリアマネージャーから投げかけられていた言葉だ。
支店の貸し付け月末予測(ノルマ)の未達が確定した後、電話口から聴こえる上長の怒声に心が折れた。
ローンスタッフの「大丈夫です。」という言葉を信用していた私の甘さを厳しく追及された。

特に大きな融資の場合、審査部への稟議に向けて整えるべき大量の書類や、越えなければならない波がいつも決まってやってくる。
相続や登記がからみ、司法書士や家屋調査士の仕事がスタッフらの思惑通りに捗らない場合、月内の融資実行を翌月に繰り越さざるを得なくなる。
31日付けの融資と翌1日付けの融資、実行日がたった1日違うだけと思われるだろうが、月末予測というノルマを達成するしないは、支店を司るポジションに対する評価を天と地ほどに分けた。

そんな世知辛い業界を長年泳いでいた私に、やがて【信頼は夢、信用は現(うつつ)】だという考えが定着していった。
信頼は【この条件なら、将来こうなればいいな】という、まさに夢(期待)だ。
対して信用は【今までこうだった、将来もそうなるだろう】という、現実(実績)だ。
信頼というものの儚さを繰り返し思い知らされながら、組織からは結果責任を問われ続ける経験を通して、当時の私は実績主義によってのみ相手の信用を見出すような、極めてドライな眼差しになっていた。
だからといって私は決してその環境をネガティブに捉えてはいなかった。あの業界では、仕事をなあなあで済ませる方がよっぽどリスキーだった―――

想い起こせば当時、米大統領との首脳会談で「トラスト・ミー(私を信頼して)」と言った日本の総理大臣がいた。
出逢ったばかりの二人の間にはまだ何の成果物もなかった。
だからだろうか、彼は大国の運命を預かる大統領に向けて「私のために夢を見て欲しい。」とお願いしていたが、その後一年も経たないうちに大統領の夢は覚めた。
きっと、トラスト(信頼)がクレジット(信用)に変わることがなかったのだろう―――

緊張感が漂う厳しい職場ではあったが、大統領でもなければ首相でもない凡人の私は、全てのローンスタッフを何年もの間【信頼】だけはし続けた。
なぜなら【日々の信頼とその結果の結晶】が【信用】だと考えていたからだ。
相手に【信頼】を寄せることを繰り返さなければ、【信用】の結晶が形成されることはない。
たとえ、期待を裏切られる結果であっても、【信頼】することまで止めてしまってはいけないと、いつも私は胸に刻んでいた。

とはいえ、私も貴方もご多分に漏れずに人の子で、人間は感情の動物である。
あまりにも期待外れの結果が続くのであれば、嫌気がさしたとしてもそれもまた人情。
誰だって悔しくも腹立たしくもなるのは必然だ。
【信頼も信用も、本当はされるものであって、するものではない】などと、ヤケになった自分の言い訳にしていた時期もあった―――

あれから15年。
現在は福祉業界という、金融業界とはあたかも正反対の世界で生きているような錯覚もしてしまいそうになるが、仕事というものはどれもこれも所詮人間の行う【業】である。
根っこの部分はさほど変わらないのだ。
業種が違うだけで、それぞれの仕事に携わる私の姿勢(責任)に違いはないと考えている。
他人様はどうかは知らないが。

ここまの話で「佐々木はなんて冷徹な人間なんだ。」と、きっと貴方に思われるだろう。
「普段のZOOM会議でニコニコ笑っているけれど、本当は誰も信用していないんだろう?」という疑いも抱かせるかもしれない。
もしかしたら私は冷たい人間かもしれないし、誰かを簡単に【信用】しないようなしたたかな人間なのかもしれない。

それでも私は、貴方をはじめ、全ての仲間をこれからも【信頼】し続けようとするし、やがてそれが貴方や仲間への【信用】に変わることを心から望んでいる。
もちろん逆もまた然りで、私がもし貴方や仲間から【信頼】してもらえるならば、その先での【信用】が得られるように、私はただただ精一杯に結果を示し続けるだけだ。

信頼とは―――
貴方と私が日々を証明し合うように書き綴り、共に重ねていく日記の一頁なのだ。

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

 

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