本の出版について⑥ / 浅野史郎

  • sns

著書には単著と共著がある。私の場合、単著は11冊であるが、他に共著が3冊ある。
その3冊を出版順にごく簡単に紹介しよう。

「政治の出番」(1999年1月日本経済新聞社)。
日経新聞論説委員の田勢康弘さんとの対談。「宮城県の浅野知事と共著で本を」という話が日経新聞社出版局から田勢さんに舞い込んだ。「共著で本を出すのはジャーナリストとしては自殺行為」というのが信条の田勢さんが「浅野史郎とならいい」として受けてくれた。そんな田勢さんとの長時間の対談は楽しかった。田勢さんもそういってくれた。出来上がった本も刺激的で面白かった。

「民に聞け〜地方からこの国を変えてみせる」(1999年4月光文社)。
34歳で山口県柳井市長になった河内山哲朗市長と浅野史郎宮城県知事との対論を編集部がまとめたもの。私は「地方から革命を起こそう」と主張し、河内山さんは「中央の官の暴走を止めよ」と訴える。極めて真面目で、真摯な対談である。面白いものではない。

「知事が日本を変える」(2002年4月文春新書)。
浅野史郎宮城県知事・北川正恭三重県知事・橋本大二郎高知県知事が闘わせた白熱の論議。改革に腕をふるった3知事が、いかに情報を公開し、職員の意識を変えていったか、その変革の実態を具体的に語る。お互いの自慢話に聞こえないこともない。本人たち以外には、興味ないだろう。

今回、このコラムを書くにあたって、これら共著3冊を改めて読んでみた。面白かったのは「政治の出番」だけ。他の2冊は、私としてはつまらないと感じたが、一般読者にとってはなお面白くないだろう。自分が言い出して作った本でないので、共著にはあまり愛着を覚えない。本棚の端っこの方に並べている。

おまけとして、私についての本も紹介しておこう。
「アサノ課長が知事になれた理由」(菊地昭典著1995年11月岩波同時代ライブラリー)、「アサノ知事の冒険」(菊地昭典著1998年3月岩波同時代ライブラリー)。
「理由」は「‘93年11月宮城県知事出直し選挙。カネなし、知名度ゼロの厚生省課長が立候補。ドタバタ痛快無党派選挙ドキュメント」、「冒険」は「あの浅野知事が挑む2度目の選挙に4年前の仲間達が再結集。混迷の日本政治に風穴を開けた滑稽で痛快な闘いを内側から描く書き下ろし」。著者の菊地昭典君は仙台二高の同級生。

これが面白い。血湧き肉躍る展開。この先どうなるんだろうと手に汗を握って読み進む。涙が溢れてくる場面がいくつもある。こいつ(私のこと)すごいな、面白いな、カッコいいなと主人公(私のこと)に感情移入してしまう。自分の本はほとんど読み返さないが、この本は何回も何回も読み返している。その度に感激しているおかしな私。

私についての本は他にもある。
私が障害福祉課長を辞めて49日目に出された「出会い、語らい、明日への助走〜障害福祉への熱き想い」は私への追悼文集である。障害福祉に関わる70人が原稿を掲載料(香典代わり)を添えて出してくれた。この本も何度も何度も読み返している。故人(浅野史郎)は立派な人だったんだなあ、すごい人だったんだなあと感心しながら読んでいる。そりゃそうだよ、追悼文に悪口を書く人などいないのだから。

もう1冊、「誕生文集〜浅野史郎さんの新しい旅たちに」は宮城県知事誕生を祝う文集である。追悼集に続いて、誕生文集も作ってくれたぶどう社の市毛研一郎さんの編集後記をもって、この本の紹介とする。

125通の「お手紙」が、浅野さんと出会い、それぞれの時代を共に歩み、かけがえのない思い出を抱いた人たちから、お届けいただきました。これらを通して読むと、まだ知らなかった浅野さんの断面が見えてきて、人間浅野史郎の魅力がさらに多面的に、さらに奥行きを増していきます。浅野史郎研究には欠かせぬ第一級の資料になったと思います。

「追悼文集」、「誕生文集」どちらも、ほんものの葬式にあたっては、お棺の中に入れて欲しいと思っている。

 

◆プロフィール
浅野 史郎(あさの しろう)
1948年仙台市出身 横浜市にて配偶者と二人暮らし

「明日の障害福祉のために」
大学卒業後厚生省入省、39歳で障害福祉課長に就任。1年9ヶ月の課長時代に多くの志ある実践者と出会い、「障害福祉はライフワーク」と思い定める。役人をやめて故郷宮城県の知事となり3期12年務める。知事退任後、慶応大学SFC、神奈川大学で教授業を15年。

2021年、土屋シンクタンクの特別研究員および土屋ケアカレッジの特別講師に就任。近著のタイトルは「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」。

 

  • sns