3年前の悲劇 / 大庭竜也

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2018年7月6日。約3年前に西日本豪雨がありました。
あの悲劇から3年が経ちました。

私は、当時も現在も岡山県倉敷市に住んでおり、岡山県でもっとも被害が大きかった場所は、倉敷市真備町でした。私が住んでいる町のすぐ隣の地域でした。

真備町には、私の妻のおじいちゃんの家や友人や後輩など多くの方が住んでおり関係が深い場所だった為、ニュースをみた時目を疑いました。
真備町一体が水浸しており、家の2階まで水浸している所ばかりで、知り合いの家は水没し、違う知り合いの家は流されなくなっていました。

私は支援物資を揃え、友人宅の復興のお手伝いをしに真備町に向かいました。
行く道中に見た真備町の街並み。変わり果てた姿は今でも鮮明に覚えています。
家が傾き、道には災害ゴミが散乱しておりました。
友人宅に到着し家の中に入ると、なんとも言えない光景がそこにはありました。

腐敗した匂いが充満しており、川にいたであろう魚が家の中にたくさんおり、非現実的な事の連続で頭の中がパニックを起こしていると、逆に友人のご家族の方は空元気だと思いますが笑って『来てくれてありがとう』と温かいお言葉をかけてくれました。
その言葉で、できる事をやらねばと思い、復興を1日お手伝いした事を覚えています。

帰り間際、ご家族の方に何が一番ほしいですか?と尋ねると、衣類や靴が全くない。あと下着やタオルがない。という事を聞き、即座に会社に掛け合いました。
当時、私はアパレル関係の職場で働いていた為、会社として支援できないかという事と今の真備町の現状をあるがままに伝えました。

会社が即座に動いてくれ、物品1万点が集まり、真備町を始めとする被害があった高梁市や総社市といったところに無料配布することができました。
直接、被害に合われた住民の方々と物品の受け渡しの際中に話をしていると本当に疲れ切っており、数日寝てない方や住むところが無い方。本当にしんどい思いをしている方がたくさんいました。
しかし、被害に合われた方からの感謝の気持ちが多くあり、本当によかったと心から思いました。

西日本豪雨での岡山県の死者は61人で、7割以上が高齢者の方または障害者の方だったそうです。災害弱者と言える高齢者と障害者の方々。
土屋では、防災委員会もあり、全国で取り組みを行って下さっております。
豪雨だけではなく、地震や津波といった自然災害時にどうすればよいかと様々な議論が交わされており、取り組みを行って下さっていてとても感謝です。

高齢者の方、障害者の方々が安心して過ごせる地域にしていくことが土屋としても課題であり、地域の課題だと思います。
いつ何が起きるかわからない世の中ですが、3年前の悲劇を忘れず取り組んでいきたいと思います。

 

大庭 竜也(おおば たつや)
本社・総務

 

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