骨折とオリンピックと乗車拒否 / 安積遊歩

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私の身体は骨折しやすい。その特徴で国の指定難病になっている、と先日ラジオで聴いた。「国の指定難病」と言われると、なんだかおどろおどろしい気がして嫌になる。

この身体で生まれてきた時、私が認知していたことは優しく愛情深い母がいたことと、とにかく生きることへの激しい要求だった。にも関わらずこの身体にされたことは男性ホルモンの1日おきの投与という凄まじい暴力であり虐待だった。

今、日本はコロナ禍の中でのオリンピックが開催されようとしている。私が生まれた時にされた抵抗できないことによる暴力と同じ事が日本に住むすべての人に襲いかかっているようにすら感じる。

オリンピックで誰が幸せになるのだろうか。オリンピックが開かれることでどれだけの人が犠牲になるのだろう。特に私たち障害を持つ人はコロナやオリンピックが無くても在宅や施設や病院に閉じ込められている人が圧倒的だ。コロナによってそれに、より拍車がかかり様々な悲惨な声が聞こえてくる。その上オリンピックで、さらに変異株が撒き散らされれば私たちの命はオリンピックで賞賛を得るアスリートとは真逆に追い詰められる。その位置は2016年のやまゆり園事件で虫けらように踏み躙られた重い障害を持つ人と同じところにあるのだ。

ところで大切な友人が無人駅での乗車拒否を自分のブログに書いた。そのブログをめぐって凄まじいバッシングを受け、それは今も続いている。人々にバリアフリーやユニバーサルデザインが浸透してきたのも束の間。この乗車拒否に対する大切な問題提起を個人的なモノとはぐらかし、言い方や表現が悪いなどとすり替えて叩かれ続けている。自分の身体は企業か自分の欲を叶えるためと完全に思い上がった社会、その思い上がりに対して私たちはその自由を分かち合うことの重要性を訴え続けてきた。

人間が人間であるがために必要な愛情、思いやり、助け合う力を持って、どの人も置き去りにすることなく生きられるよう様々に活動してきた。その努力がこのコロナ禍でのオリンピックによって嘲笑い、無にされ兼ねない今という時代。そこに大切な友人がどんなに自分だけのことではなく、皆んなで良くなろうと考えて発言しているにも関わらずへのバッシング、誹謗中傷が中々なかなかに収まらない。

私も強欲と傲慢に乗っ取られたかのようなオリンピックに翻弄されて心だけでなく身体も痛みの悲鳴をあげた。それが肋骨の骨折である。

私の身体は国の指定難病という命名を拒否したいと思っている。私は私の身体で肋骨が折れ易い最近の日々ともなんとか折り合いをつけたいと考え頑張っている。私は同じ身体の特質を持つ子供を産んでそれなりに長生きをしている、日本で初めての人だ。優生思想の蔓延したこの社会に存在そのものでそこに抗おうとする確信犯でもある。その私の抗いを許すまいとするオリンピックと乗車拒否に対する思いやりのかけらもない愚かな誹謗中傷。人類はいつまで急坂を凄い勢いで転がる岩石のようにとどまることを知らぬ強欲と混乱に支配され続けるのだろうか。

●手塚治虫と同じ時代に石ノ森章太郎という漫画家がいた。彼の漫画の中で「サイボーグ009」という私お気に入りの漫画があった。その中のキャラクターのサイボーグ001が赤ん坊の大きさでバスケット型のベットに寝ていてテレパシーや瞬間移動などの超能力を使い、サイボーグ009までの8人の仲間たちと世界の悪の集団と戦い続けるというストーリーだった。

私は最近よくそれを思い出していたところに骨折が重なり、ますます動けなくなった。だから動けない中で私はすっかりサイボーグ001となり、あと8人の仲間を呼び寄せたいと激しく、心底望んでいる。

漫画のようにサイボーグ001〜009までの働きが功を奏し、オリンピックが止まると信じたい…

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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