テレビ出演について② / 浅野史郎

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前回書いたことだが、2008年にはテレビ出演が月に10本、講演が年間147本あった。肉体的にも精神的にもさぞや大変だったろうと思われるかもしれないが、本人は大変とは全く感じずに、全国を元気に駆けまわっていた。人前で話すことが大好き、しかもたくさんの人が聴いてくれているとなると、ますます張り切ってしまう。講演もテレビ出演も、私にとっては楽しいイベントであった。

テレビ出演は、報道バラエティ番組にコメンテーターという立場でやっていた。出演していて難しいのは、発言のタイミングである。事前にきっちりとした打ち合わせがあるわけではない。ここでコメントをはさみたいという時には、その機会に恵まれず、逆に、思わぬタイミングでコメントを求められる。大事なことは、いつ振られても、何か気の利いたことを返す心積もりをしておくことである。

番組出演を自分の考えを伝えるための場だと考えると、結構つらいものがある。そのために十分な発言時間が割り振られるわけでもない。全ては司会者(キャスター)次第である。真面目に考えるといらいらしてしまう。そうではなく、単に自分を売り込むための機会だと思い定めてしまえば、気は楽である。そして、確かに売り込みの効果はある。講演を頼まれた時のギャラにも関係してくることも、否定できない。そういった実利的なところはある。

コメンテーターの発言は短さをもって尊しとなす。だらだら長々と話すのは、視聴者からも評判が悪い。ただし、短すぎるのも考えものである。

日本テレビの「バンキシャ」に初めて出る前に、この番組に以前出ていた寺島実郎さんから、「浅野さん、俳句を三つ言うつもりで出たらいいよ」と助言をいただいた。一回のコメントの時間が非常に短いので、せいぜい俳句一句分ぐらいしかしゃべれない。そのコメントの機会が三回だから三句分ということ。

実際にゲストとして出演してみたら、さすがに俳句一句分よりは長いが、ほんの一言しか言えない。寺島さんは、こんなんでは出演の意味がないとして早々と出演をやめていた。同じ目に会った私も、数回出演してやめてしまった。

コメンテーターがうまく対応できるかどうかは、キャスターの訊き方次第である。そして番組が面白くなるかどうかは、キャスターがコメンテーターをうまく使うかどうかにかかっている。番組の面白さは視聴率という形で表れる。

私が出演していた番組は、みんな視聴率が高かった。キャスターがよかったからである。朝ズバのみのもんた、ウエークアップの辛坊治郎、ミヤネ屋の宮根誠司、ひるおびの恵俊彰、そしてサンデーモーニングの関口宏。(以上敬称略) 番組に出演するのが楽しかったのは、こういったキャスターに恵まれたからである。幸運であった。

「ひるおび」は、コメンテーターではなくゲストとして出演していた。東京都の舛添要一知事の政治資金私的流用疑惑が問題になったころは、連日ゲストとして呼ばれていた。知事経験者としてもっともらしいことを偉そうに語っていたのを思い出す。小池百合子知事については豊洲市場移転にからむ土壌汚染問題。ゲストとしては、批判することが期待されている。期待に応えて、いろいろ批判の言葉を並べているうちに出番が終わる。

テレビ出演では、スタジオの雰囲気がいいことも魅力の一つである。本番では出演者だけでなく、スタッフの皆さん、カメラさんも一体となって番組作りに全力を上げている。緊張感が漂う。番組が終わると拍手が起きるのがいい。キャスターも含め、コメンテーターの皆さんとは仲間意識も生まれる。

そんな楽しい番組制作現場から離れてしまって久しい。芸者はお声が掛らないとお座敷に出られないのと同じで、この高齢者もお声が掛らないとテレビに出られない。今は、テレビの報道バラエティ番組を一人の視聴者として観ながら、年に147回もお座敷に上がった古き良き時代をなつかしんでいる私である。

 

◆プロフィール
浅野 史郎(あさの しろう)
1948年仙台市出身 横浜市にて配偶者と二人暮らし

「明日の障害福祉のために」
大学卒業後厚生省入省、39歳で障害福祉課長に就任。1年9ヶ月の課長時代に多くの志ある実践者と出会い、「障害福祉はライフワーク」と思い定める。役人をやめて故郷宮城県の知事となり3期12年務める。知事退任後、慶応大学SFC、神奈川大学で教授業を15年。

2021年、土屋シンクタンクの特別研究員および土屋ケアカレッジの特別講師に就任。近著のタイトルは「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」。

 

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