自信と驕り(おごり)の違い / 佐々木 優(ホームケア土屋 四国)

  • sns

今回のコラムはいつもより長くなりそうなので、結論から先に述べよう。
まず【自信】とは、自らの能力や価値を信じ、未来にも安心感が持てるポジティブな心の在り様である。
そして私が考える【自信を構成する要素】は以下の通りだ。

①知識(相当する学びや資格)
②経験(相当する体験の繰り返し)
③努力(自ら続けられるマインド)
④自己客観視(自己を批評、批判できる謙虚さ)
⑤変化(時には変える、変わる勇気)

では【驕り】とはなにか。
【驕り】とは、人が自惚れから思い上がった言動をとったり、誰かを見下したりしてしまう心の在り様である。
同じような意味を持つ言葉に、過信、傲慢、慢心がある。
【驕り】は【自信過剰】とも言われるが、実は【自信が過剰】しているのではなく【自信の構成要素が不足】した状態が【驕り】なのだと私は考えている。
上記の要素の中の、特に④や⑤が不足した場合に【自信】は【驕り】に変容しやすい。
①や②、③のどれかが不足しただけの場合は【自信がない】状態になる可能性はあるが【驕り】にはなりにくい。
ただし、④だけが強く残る(または出る)場合は【驕り】とは対極にある【卑屈】の状態に陥る可能性があり、その人をネガティブなマインドが包んでしまうため【驕り】と同じく避けたい心の在り様である。

【介護現場での事例】
福祉施設の管理者を務めるAさん。
法人内の実力者であるAさんは、社会福祉士やケアマネ等の多数の資格を併せ持ち、事業の運営にも長けていた。諸々を掌握していた彼に、周りの職員も一目を置いていた。
しかし、日常で職員がAさんの思うように動かない時、彼はいつも職員を強く叱責した。
時に恫喝に近い物言いがあったため、職員は次第にAさんの顔色ばかりを伺うようになり、施設全体が重苦しい雰囲気に包まれていった。
職員たちはサービス利用者ではなくAさんに対する忖度と、彼から受ける承認のことで常に頭がいっぱいになり、職員同士の足の引っ張り合いを繰り広げるような最悪な職場環境を形成していった。

Aさんには
①所持する資格からも、福祉や経営に関する知識は十二分にあった。
②経験も十二分にあった。
③資格の取得や、要職に就く為の並々ならぬ努力は間違いなくあっただろう。
④周りに対する謙虚さが大いに欠けていた。
⑤もしかしたら、自身の立ち振る舞いを自覚していながらも変えなかった、変えられなかったのかもしれない。

優秀な人材でありながら残念なことに、④や⑤が不足している彼が身にまとっているのは【自信】ではなく【驕り】であった―――

このように④や⑤が不足した状態は【驕り】になりやすいが、これと同時に①や②が欠けた場合、その状態から高い確率で【アクシデントやトラブル】に発展することがある。

【介護現場での事例】
高齢者施設で働くベテラン介護職員のCさん。
「私なら食事介助で必ず10割摂取をさせられる」と、いつも自慢げに話していた。
ある日、入居者のDさんが彼女の食事介助を受けている中で嘔吐した。
食べ物をうまく嚥下できない中で、矢継ぎ早にスプーンを口に送り込まれるような介助が堪らなかったのだろう。
駆けつけたNsがすぐに吸引を行い、残渣物(ざんさぶつ)を取り除いてDさんは落ち着いた。
職員のCさんは「今日は調子が悪かったんやねえ。」と悪びれた様子もなく笑っていた。

Cさんには
①知識が不足していた。
ベテランといわれながらも、実は彼女は無資格者(施設は無資格可)であった。日内(にちない)変動する高齢者の体調や機能のこと、また、本人の望まない量の摂取を強要することは虐待の恐れがあること等は、福祉に係る何らかの資格の取得を目指せば容易に学ぶことができたはずだ。
②いうまでもなく長年の介護職員としての経験はあった。
③介護を長年続けてきた努力には敬意を払いたい。
④嘔吐を見た彼女の反応から、日頃から自身の介護能力を振り返る習慣がないのだろう。
⑤長い介護経験のなかで、④の不足が原因で自身の介護方法を変えるきっかけもなかったのだろう。

彼女のいう【自信】は、④⑤が不足している時点で【驕り】の状態であり、これと同時に①が不足した為にDさんに嘔吐させてしまうアクシデントが発生したのだ。
たとえ知識に乏しく、経験のみに頼る介護であったとしても、④や⑤を彼女が持っていれば、このアクシデントは起こらなかったと私は考えている―――

以上、AさんやCさんの事例を挙げて【驕り】について述べたが、決して諸々の責任がこの二人にだけある訳ではないと私は考えている。
【自信】の形成に重要である④や⑤の要素を意識することを鈍らせる何かが、この二人の周りに存在していたのではないのか、という疑いである。

例えば【不適切な称賛】である。

彼、彼女らは初めから過信、傲慢、慢心してはいなかったはずだ。
表題からは少し逸れると思うが、これはどうしても伝えておきたいことなので述べておく。

貴方は【評価者エラー】という言葉を知っているだろうか。
誰かを評価する際に陥りやすい失敗で、世間では以下の8つが特に知られている。

1.中心化傾向:実は普段からあまり見ていないから、評価が【普通】に集まってしまう
2.寛大化傾向:対象者との関係性で評価が【甘め】に集まってしまう
3.厳格化傾向:対象者との関係性で評価が【厳しめ】に集まってしまう
4.ハロー効果:地位や学歴や資格などに影響を受け、全体の評価が引きあがってしまう
5.逆算化傾向:はじめから結果ありきで、評価を調整してしまう
6.論理誤差:自分の勝手な論理で相手を評価してしまう
7.対比誤差:良いも悪いも自分と比べてどうかで評価をしてしまう
8.近接誤差:印象に残った直近の様子だけで期間全体を評価をしてしまう

この中で、彼、彼女の心の在り様に影響を与えた周囲の評価エラーはなかったであろうか。
自分にできないことができる、自分にないモノを持っている、〇〇だから優れているはずだ、というような、自分本位の偏った視点で相手の能力以上の称賛を送っていなかったか。
自分との関係性や何らかの事情で、相手を高い評価をすることが大前提になっていなかっただろうか―――

【驕り】を生み出しているのは、そういった周りの【不適切な称賛】が要因である場合もあるのではないか、というアンチテーゼを添えて、このコラムを締めくくろうと思う。

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

 

  • sns