ひとの心 / 佐々木 優

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過日、関東でも格安なお弁当の販売店でカスタマーハラスメントによる事件が起こった。
報道では泥酔した加害者が店員に小銭を投げつけて恫喝をする映像が流されていた。

「私奴隷じゃないです。」

素性も知らない複数の男性に罵倒されながらも気丈に振る舞い、毅然と対峙していた女性店員の勇気は万人が称賛するところだが、彼女の胸の内にあっただろう強い恐怖心を推しはかれば、私のなかで、彼女に対するいたたまれない思いと同時に、加害者に対する激しい怒りが込み上げていた―――

「お客様は神様です。」

いつからか、というより比較的早い時期から、この台詞に込められた本来の意思が誤解され、さも客の方が店(提供者)よりも偉いという誤ったセオリーが全国に流行した時代があった。
客も神様と呼ばれて気分がいいだろうし、店もそれで都合がいいものだから、当時はこの誤解はとけることがなく独り歩きしたようだ。
最近になってようやく知られるようにはなってきたが、故三波春夫さんはそのような考えでこの言葉を選んではいなかった。

勘がいい皆さんは、この後の話の流れが、福祉サービス業界においての利用者による支援者に対するハラスメントについて云々・・・と想像されるだろうが、少し違う。
かといって決してそれを容認するものでもないので誤解なきよう―――

普段、私が個人的にフォローしているYOUTUBERの動画に、思い出深いひとコマがあった。彼は全国の路上でライヴを敢行しながら投げ銭で生活をしているシンガーソングライターだ。

ある日、コンビニエンスストアの若い店員の接客態度があまりにも横柄であったため、彼はその店員に対して苦情を伝えた。店員の男性は彼に対して悪びれるどころか、さらに悪態をついて彼を強く拒絶した。
私(佐々木)のような短絡的で激情型の人間であれば、どちらがヤカラか見分けがつかなくなるような展開になるのだろうが、彼の場合は違った。

彼は店員に丁寧にお願いして勤務終了時間を確認し、店の外で静かに待った。
やがてバイトを終えて出てきた男性は、近くの公園に彼と向かい、そこで話し合いが始まった。
コンビニでは興奮していた男性であったが、彼と話を進めるにつれ、訥々と語り始めた。

男性は就職が思うようにいかず、家庭の事情もあり、バイトを3つ4つ掛け持ちして生計を支えているという。積み重なる疲労と、思うようにいかない自分の人生への苛立ちが募り、なかば自暴自棄の状態に陥ったことで今日のような接客態度をとってしまったという。

全てを打ち明けた男性は彼に深々と謝罪した。
お互いに打ち解け合った後、シンガーソングライターの彼は男性の為に自身の持ち歌を弾き語りし始めた。男性はきっと万感の想いでその曲に耳を傾けていたことだろう。

驚くことに、後日、別の放送回にもその男性は登場した。
実はあの件以来、彼らは意気投合したようで友人として時々会っているという。
モザイクで表情はよく確認できないが、初めて対峙した当時の、男性から放たれていたあの険しい雰囲気は全く消えていた。

あの時、お互いが怒りを怒りでねじ伏せていたならば、彼が男性の、男性が彼の笑顔を見る機会は訪れなかっただろう―――

これはいい話だ。
しかし、物語がそんな風にうまく運ぶことばかりではないのが世の常だ。

こうしてコラムを書いている現在、深夜の1時30分を過ぎた。
そろそろ休まないといけない時間だ。

傍らのテレビから、第二次世界大戦の惨状が白黒映像で流れている。
パリで降伏したドイツ軍兵士と交際があったフランス人女性の長い髪の毛を、同じフランス人の男性がバリカンで刈り上げるリンチが映し出されている。
乱暴な丸坊主にされた女性たちはジープに乗せられ、パリの民衆の前で晒し物にされている。
涙ぐむ彼女の首を掴んで皆で囲み、市民達は笑顔とピースサインで記念写真を撮っている。
その後、連れまわされる彼女たちは唾を吐きかけられ、すれ違いざまに男に蹴り上げられていた。

これは、古代ではない、たかだか80年前のできごと。

これもまた、同じ人間の所業なのだ。

ひとの心とは何なのか、私は皆で考えたい―――

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

 

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