私が介護のお仕事をはじめた理由 / 松尾千佳子(ホームケア土屋 京滋)

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私の事業所は京都宇治にあります。
世界遺産平等院・宇治上神社まで徒歩圏内、通りはお茶で有名な店があり、本来なら新茶を求める人や観光客で賑わっていますが、現在は寂し街道となっています。
宇治の紹介はこれくらいにしておきます。

介護を始めた理由

1.生活のため(本音ですよね)

介護職は15年位になりますかね。
その前は約7年間、学童保育の指導員をしていました。
市の嘱託職員で、毎年雇用でスキルアップなどはありませんでした。
子どもと暮らすには給料面は満足のいくものではありませんでした。
これからは高齢者が増えて介護サービスを受ける方が増えることがわかり、毎日50人の子どもと走りまわっているならお年寄りは動かないから楽かな?と安易な思い付きで介護職を選びました。
入職してから自分の考えが浅はかであることに気づき、大反省した頃を思い出しますが、当時は子ども達のためにとお母ちゃんは頑張りました。

 

2.スキルアップができる・したい

生活のためには資格を取り賃金面アップは重要です。
本当に子どもって習い事などでお金が掛かるんですよね、まずはヘルパー2級でデイサービスで勤めました。
楽しかったですよ。
利用者さんから色々と教えてもらい、毎日吉本新喜劇の様な笑いの絶えない職場でした。
次に当時は基礎研修と資格があり、介護福祉士修得前に必須でもあり、手当アップもありましたのでスクールに通いました。
そこでの出逢いで小規模多機能の立上げに関わる事になり、少人数で調理も賄う(ご飯作り大好きな私)。
お泊り・通い・訪問を学んで、少しだけどスキルアップ出来たかな?

その後、同法人内でのデイケアに異動があり、50名の利用者さんの送迎・入浴・食事介助・排泄・レクリエーションと毎日、目が回る忙しさで、「松尾さ〜ん」と呼んで下さる方には、ちょっと待って下さいねと、毎日何度口にしていたかな?
今思うと失礼な事をしていました。

声に出さない方はいつも後回しで、トイレ介助で横に付いた時に涙し話をされる方、個々の思いに寄り添えない日々に疑問を抱き異動希望。訪問介護に行きたいと看護部長にお願いをしました。今でも尊敬する大好きな方で、飲み仲間となってますが、現在は会えない日々で悲しいですね。

介護保険のヘルパーになり、バイク移動しながら楽しい日々の中、サ責として介護する重要性・家政婦さんとの違い・公的資源の仕事、クライアントは人生の大先輩、色々な事を学びました。

その頃に吸引の必要性がある方の支援に入るも資格が無く、当時勤めていた法人はヘルパーは医療行為はしないとの決まりがあり、喀痰吸引を目指す思いで次の医療法人へ転職しました。吸引の一号資格を取らせてもらい、難病や末期の看取りなどを経験しましたが、吸引をする仲間が増えない事に悩んだ時に現在九州のマネージャー鈴木さんと出逢い、前職に入職。
現在は京滋エリアにてアテンダントさんに助けてもらいながらマネジャーとして勤めていますが、介護業界一番を目指して女性でも働きやすい職場作りでジェンダーイクオリティー委員会にも携わっています。

 

3、振り返ってみる

当時は主人を亡くし、子どもと生活のためでしたが、子ども達は独立して自分のために仕事をしているのかな?もしかすると、あの頃に介護をできなかった、知らなかった負い目・罪滅しかな?

介護の仕事をして良かった!
土屋に勤めて仲間に出逢い良かった!
スキルアップもまだしたいと少しは思ってます。転職ではありませんよ(笑)土屋はスキルアップできる会社ですよ。

最近は支援に行くことがめっきり減りましたが、支援に行きクライアントとの何気ない会話に癒される喜びを感じる根っからの介護職ですね。

介護未経験の方も介護職に就きたいと思った方、現介護職の方も、是非ホームケア土屋にどうぞ。
土屋はスキルアップしながら前に進むことができます。
また、ヘルパーさんとして来て欲しいとの声がありましたら、全国のホームケア土屋に繋がりますのでよろしくお願い致します。(最後は宣伝になりました)

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

松尾千佳子(まつお ちかこ)
ホームケア土屋 京滋

 

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