テレビ出演について⑤ / 浅野史郎

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ここまでテレビ出演について書いてきた。実は、私はラジオ出演も大好きなのである。

宮城県知事をやっている頃、毎週水曜日の午後7時半から30分間、地元仙台のコミュニティFM「ラジオ3」で「シローと夢トーク」という番組を持っていた。「シローと」というのが、「史郎」と、「素人」をかけている。ともかく、この素人が図々しくもDJとやらを務めていたということである。

番組でかけるのはエルヴィス・プレスリーの曲だけ。話す話題もエルヴィスの曲に関することだけ。「宮城県知事」という肩書きは使っていないし、番組中でもそのことをにおわせる発言は一切しない。単なるエルヴィスおたく、よく言えばエルヴィス評論家がDJをやっているとしか思えないはずだ。

中学3年生の頃から今に至るまで、エルヴィス・ファン歴50年の私にとっては、DJをやっている時間は至福のひとときであった。高校生の頃は、エルヴィスのレコードを自分の部屋でかけながら、一人でDJごっこをやっていた時期もあったのだから、夢が叶ったと言っていい。

「シローと夢トーク」は7年間、回数にして350回続いた。1回に4、5曲かけるが、エルヴィスの持ち歌は669曲あり、種切れにはならない。例えばゴスペル特集とか、地名にちなんだ歌とか、女の子の名前が出てくる歌とか、持ち歌の中からそういったものを探してきて、毎回「なんとか特集」に仕立て上げる。番組で使うCDはすべて我が家から持ち込む。したがって、構成、出演、CD提供とすべて私がやるという徹底した自作自演の番組なのである。

番組では、かける曲だけは決めてあるが、あとは完全なぶっつけ本番である。演奏中の曲には私の声はかぶせないという主義を貫いている。エンディングの「Are you lonesome tonight?」3分07秒、その前の1分のコマーシャルは最後の曲から直接つなぐ。ということで、最後の曲をかけるタイミングが何分何秒と決まってくる。そのタイミングでしゃべくりを終えることが必要である。そのことだけ気をつけて、あとは自由にしゃべっているだけ。

こんな気楽なお遊びみたいな番組をやっていることでも、それなりに言葉の訓練にはなるのかもしれない。シンポジウムなどで話していると、私が番組をやっていることを知っている司会者の場合は、「さすがに地元のラジオでDJをやっているだけあって、時間もぴったりだし・・・」とかほめてくれる。私が時間を守れるのは、DJ業で鍛えられていることの成果である。

番組では、エルヴィスの歌のうまさを語る。声がいい、リズム感が抜群、説得力がある。だが、待てよ。説得力があるといっても、聴いている人は日本人であり、英語がそんなに聴き取れる人ばかりではない。歌詞の意味もわからずに、説得力があるもないもんだ。というわけで、番組では、歌詞の日本語訳を紹介することが多かった。

それにしても、楽しかった。水曜日の7時半。FM76.2MHzのラジオ3。「シローと夢トーク」という私の明る過ぎる声の番組コールがあり、続いて「夢の渚Follow that dream」の軽快な前奏、エルヴィスの弾むような歌声へとつながる。この曲は私がはじめてエルヴィスを好きになったきっかけの曲なのである。

「エルヴィス・プレスリーの曲しかかけない、エルヴィス・プレスリーの曲の話しかしない」という、究極のオタク番組である。選曲、CD持ち込み、CD演奏、マイクの調整、CMの挿入そしてDJとしてのしゃべりも、全部私一人でやる。「零細企業で人手不足」と言いつつも、実は、ワンマン・スタジオを楽しんでいた。

1週間に1回のこの番組、私の都合では休んだことがない。生放送と収録と、1回に2本分やってしまうので、月に2回ペースであったが、これが生活のリズムとして実に心地良かった。聴取者が少ないコミュニティFMの気楽さもある。それでも、何人かでも聴いてくれる人がいると考えるだけで、DJとしては励みになる。

これも浅野史郎の愉快な人生を形作る大事な1ピースであった。

 

◆プロフィール
浅野 史郎(あさの しろう)
1948年仙台市出身 横浜市にて配偶者と二人暮らし

「明日の障害福祉のために」
大学卒業後厚生省入省、39歳で障害福祉課長に就任。1年9ヶ月の課長時代に多くの志ある実践者と出会い、「障害福祉はライフワーク」と思い定める。役人をやめて故郷宮城県の知事となり3期12年務める。知事退任後、慶応大学SFC、神奈川大学で教授業を15年。

2021年、土屋シンクタンクの特別研究員および土屋ケアカレッジの特別講師に就任。近著のタイトルは「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」。

 

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