私が介護のお仕事をはじめた理由 / 明和祥郎(ホームケア土屋 金沢)

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私は今年で55歳になります。
そしてこの介護業界に来て早くも3年を越えました。
20代、いや40代の頃に、まさか50を超えた自分が介護の世界に身を置くとは夢にも思いませんでした。
そして今、何のゆかりも無く、そして知り合いが全くいない金沢の土地でこの仕事をしている事に自分自身一番驚いております。

大学を出て、長らくアパレル業界に勤めておりました。
リーマンショックを機に会社の業績は大きく傾き、最終的に商社に吸収され解散という形で終えました。
それが40代の頃でした。

まさか40を超えて家族も家のローンも抱え、今さら転職かと絶望しておりました。
まだこの時には介護業界の事は全く考えておらず、損保会社へ転職、その後車の販売も行いましたが、常に心の中につかえる物があったのです。

それはお客様の為、目の前にいるその人の為により良い物やサービスを提供したいと思っていたのですが、葛藤がありました。
全てではありませんが、数字を追いかける中で相手の為に物やサービスを提供していくと、なかなか会社から与えられた目標を達成することが困難な状況でした。

だからと言って、相手を騙しているわけではありませんが、自分の気持ちに嘘をつき、数字を作っていくことに疲れておりました。
自分の思いに素直になって仕事ができていないことに対して常にストレスを抱え、毎日が本当にしんどくなり、逃げ出したくなっている自分に気づきました。

そんな中、漠然と転職を考えていたところ転職フェアの広告が目に留まりました。
そして、本当になんとなく会場へ行き、色々な企業を見て回りました。その時です。高浜代表とお話させて頂いたのです。

これが全ての始まりでした。その時点で私はすでに50を超えておりましたので、恐る恐る「こんなおじさん使っていただけるのでしょうか?」と伺いました。
しかし高浜代表は未経験者の私でも「問題無い、ぜひ一緒にやっていきましょう。大人も必要なんです」とお話して頂きました。

50を超え、今からでも新しいことにチャレンジでき、おじさんも必要とされていることに勇気を頂きました。
そして色々と不安もありましたが、言われるがまま尼崎の事務所へ、そして統合過程を受け、そこでも本当に自分にやっていけるのか何度も自問自答しておりました。

私の中での一番のハードルはオムツ交換でした。
息子が二人おりますが、まともにオムツ交換をやった事が無く、今さら見知らぬ大人のオムツ交換なんて絶対できないと思っていたのです。
そこが一番大きな問題でした。

しかしいざ現場へ入り、目の前で同行した先輩から教えていただき、自分がやってみたとき不思議と抵抗無く出来てしまったのです。
これには、自分はもちろんの事、家族も驚いておりました。
そして、今まで仕事で感じていた目の前の人の為に素直な思いで出来る仕事がここにあったんだと思いました。

もちろん現場に出れば色々問題やストレスはありますが、長年つかえていたものから解放され、素直な気持ちで仕事が出来ることに喜びを感じております。
そしてこの金沢で重度訪問介護を広げていくことにやりがいを感じ取り組んでおります。

年齢も年齢だけに、この先いつまで勤めさせていただけるのかわかりませんが、少しでも多くのクライアントの生活を支え、共に支えあう仲間が増え、この重度訪問介護がより多くの人に理解され、あこがれる仕事になっていければと強く思っております。

 

明和祥郎(めいわ よしお)
ホームケア土屋 金沢

 

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