私が介護を始めた理由 / 川﨑知子(ホームケア土屋 北九州)

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私が介護を始めたのは約 10 年前になります。
20 代では主に服飾販売をしておりました。服に触れながら、きれいなショップで接客販売をする毎日で、当時の私には合っている職種だと感じていました。ですが 20 代後半に差し掛かると将来に不安を感じるようになりました。

「年を重ねていけばこのショップにはいられないだろう」「一生ものの仕事に就いた方が安定を得られるのでは?」「座れる仕事がいいな」「結婚したい」「子供を産みたい」
様々な思いで少々迷走気味でした。

店長職のお話を頂いても上手くいかず、壁に当たってしまう。そして結局、販売の仕事から離れました。今思えば、何故あの時もう少し続けてみなかったのか、マネージャーやバイヤーなど未来も開けたかもしれないのにと悔やむところもありますが、当時の私には無理でした。

その後、事務職を少しだけ経験し、結婚、出産しました。結婚してからはしばらく専業主婦。なんて幸せな時間だったでしょうか。娘とは常に一緒にいて、4歳くらいまで、可愛い時期を堪能しました。主人に感謝しています。

ですが、ここでもやはり将来の事を考えました。家族の将来です。経済的にも私が働いた方が良いですし、母は高齢、主人も私より随分年上でしたから、なかなかのオジサンです。ここで介護というキーワードが私の中に入ってきた様な気がします。

その時すでに母は施設に入っていましたが、預けるこちらに介護の知識がない事が嫌でした。また、主人に介護が必要となった時に何もできない事も嫌でした。資格を取って一生モノの仕事に就きたいという考えもありました。家族のためにも、自分のためにも仕事は介護が良いという考えになりました。

主人に話すと理解を示してくれた為、訪問介護のパートからチャレンジ。主婦業・母業を最優先にしたくて 1 日に回るのは 1~2 件だけ。事業所にとってはいてもいなくても良い様な従業員だったかも知れませんが、丁寧に指導して下さり、とても大事にして下さいました。仕事を始めた事業所がこちらで本当に良かったと思います。

子供も大きくなっていき手が離れていくと、しっかり働いて技術を身につけたいと思う様になりました。そして特別養護老人ホームへ移りました。5年ほど施設介護を勉強させて頂きながら介護福祉士を取得し、次のステップを求めて前職へ入社しました。理想として抱いていた「1対1の長時間介護」を経験することができました。

この様に、家族をきっかけに介護の世界へ入り、介護職に就きながら次のステップを構想し実行してきて今があります。

残念なことは、主人が 1 年半前に突然病死してしまい、介護をしてあげられなかった事です。 仕事ばかりの人でした、プライドの高い人でした。私の介護を受け入れたかどうかは分かりませんが、何かしてあげたかったと悔やまれます。私が介護の道へ進むきっかけを作ってくれた主人に感謝しています。

 

川﨑知子(かわさき ともこ)
ホームケア土屋 北九州

 

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