重度訪問介護とパラリンピック〜障がいをもつ仲間たちへ②~ / 安積遊歩

  • sns

この制度ができる前までは、障がいをもつ人の介助をする人はみんなボランティアだったから、介助者に「もう明日から来なくていい」ということは、自分は明日、ご飯も食べられなくなり、トイレもできなくなるということを意味した。厳しい状況の中で介助者がわかってくれないからといって彼らを拒絶するということはありえなかった。

ところがこの制度の執行が事業所によって行われるようになったことで、介助者との関係は事業所経由でなされている。 本来は直接的であるはずの関係性づくりが、事業所経由でなされるために、介助者との関係は間接的で、ときにビジネス先行型の面白みのないものになってしまった。また観点を変えて言えば介助者との関係性は経済を媒介にすることで、新たな家族とも言えるような、定期的で長期的な関係性にも作ることは不可能ではない。

まず障がいをもつ人は、この制度をつくったのは障がいをもつ当事者自身であることを徹底的に自覚してほしい。つまり当事者自身であるということは、あなた自身だったかもしれないということなのだ。障がいをもつ大先輩たちが、施設や在宅などの差別的状況を経て、まさに地を這いずりながら、血を吐く思いでつくった制度なのだ。まずはじめに、この一点に対する自覚とリスペクトをこの制度を使いこなそうとする仲間たちに強力に求めたいのだ。

ところで、このシステムと真逆の方向にあるのがパラリンピックだ。パラリンピックを作ったのは、いったい誰なのか、アメリカではパラリンピックは退役傷痍軍人のスポーツ大会とささやかれているともいう。つまり、アメリカは国外に出てあちこちの国の紛争に首を突っ込んだり、あるいは紛争を巻き起こしたりして、常に常に戦争を続けてきた。だから、PTSDを含む精神的、身体的障がいをもった男性たちがごまんといる。その人たちが活躍できる場としてもパラリンピックが考えられてきたというのだ。

私は、争えない体をもっている。つまり走ったり飛んだりなどの身体的なことで、競争したりさせられたりしたことが全くない。競争する事は私にとって、骨折するかもしれない危険と痛みに直面することだから、障害者運動をするなかで、この争えない体に感謝するようになった。その私の目線から見ると、パラリンピックは優生思想の極みだ。それを見ると感動というよりは、その感動を故意に企画する側の悪意さえ感じ気分が悪くなる。

重度訪問介護は、障がいをもつ私たち自身がつくってきたシステムである。そこには何の競争や比較もない。ただときに、障がいをもつ仲間たちが、「あの介助者は〇〇だからあまり来てほしくない」とか「動きが良くないから、(あるいは動きすぎだから)私には合わない」とか、また、極め付けには、「私たちが主人なのに従おうとしないのが生意気だ」などというのを聞いたことがある。これは冒頭にも書いたような、地を這いずりながら、あるいは血を吐きながら、このシステムをつくってきた人たちの歴史を全く理解していないあまりにも悲しい言い草だ。

私は争えない身体をもつわたしたちが、さらにもっと争いとは無関係な身体をもつ、赤ん坊やお年寄りやもっと重い障がいをもつ人のために、この制度をつかいこなして欲しいと心から望んでいる。人を評価し決めつけ自分の側から排除することは、私は極力しないと心掛けてきた。このシステムが目指すものは、争えない身体をもつ私たちが世界のまん中で生き生きと生き、どう助け合えるか、今までの人類の歴史上見たこともないような助け合い、分かち合いに基づいた社会の創出なのである。

パラリンピックのように、常に競争し比較し、勝ったものだけが感動の勝者と呼ばれ、負けたものはスポーツで負けたのだから死ぬことは選ばなくていいと一応されている詭弁。1964年の東京オリンピックで、マラソンで銅メダルだった私と同郷の円谷選手は、アキレス腱の故障や椎間板ヘルニアで、自殺に追い詰められてしまった。さらに最悪なのが、その遺言が素晴らしいと人々に感動を与えるということで持ちあげられている。彼の生命は彼自身のかけがえのないものであったのにもかかわらずだ。

争えない体を持っているという自覚は、人々との関係に新たな平和への地平を開くと確信している。子供もお年寄りも、そして私のような障がいを持った人も、争えない体のこの、人生はたった一度きり。どこに生まれたとしても、周りの人々との協働と共闘のなかで、豊かで充実した人生を生きることは可能なのだと、私はこの平和のシステムを使いこなす仲間たちと手を繋ぎ、さらに本当の平和を目指していく。

ところで今日は、明後日からパラリンピックが始まると言われている日。そこに子どもを連れて感動を教えたいという学校観戦プログラムをまだやろうとしている人たちがいるという。この「観戦」という言葉を私は耳で聞いたので、このコロナ禍だから、わざわざ子どもたちを「感染」させに連れていこうとしているのかと、怒りで体がおかしくなった。すぐに「かんせん違いだよ」と友人が言ってくれたが、現実はコロナ感染のほうが真実に近いわけだから、今でも体調は崩れっぱなしだ。

いつか優生思想がなくなって、重度訪問介護がさらに良いシステムとして人々に使いこなされている未来、公平性と正義が争えない体によって実現される未来。それは私たちの、この競争や比較から自由な体にかかっている。

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

  • sns