ソーシャルとビジネスのバランスについて / 佐々木 優(ホームケア土屋 四国)

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ソーシャルビジネスを手がける企業が、ある社会問題を解決するべく社会資源としての役割を担うことと、株主を中心としたステークホルダー達の信を背負い営利を追及すること、このバランスについてどうあるべきか。
主として介護を業とする当社の管理者層のなかでも、この【ソーシャル】と【ビジネス】の適切な比率について議論がなされることがある。

前置きになるが、私は当社のなかでも変わり者で偏屈な管理者だと自認している。
なので、いつも何かの問題に向かい合う時、自然にマイノリティらしい答えに行きついていることが多い。
というお断りをしてからこの話を進めよう、偏屈と同時に気が小さいので(笑)―――

さて、本題の【ソーシャル】と【ビジネス】のバランスであるが、私の結論ではそもそも両者間のバランスは存在しないのではないかと考えている。
あくまで、両者の間には。
なぜなら、【ソーシャル】と捉える眼差しと、【ビジネス】と捉えるそれはあくまで主観を経た結果の表現(言葉)であって、実に流動的なのだ。
平たく言えば、モノは言いよう、どちらにでも言い得るということである。

例えば、実際に私が把握している利用者からのニーズのひとつを紹介しよう。

Aさん:頸椎損傷。週のうち4日間は当社を含む事業所、3日間はAさんの父親が夜間の支援を担っている。この3日間について、母親から当社にさらなる支援依頼が寄せられた。

【事業所管理者の視点:ソーシャル】
父親は日中の活動を行ったうえで夜間の介護を担っている。Aさんや母親はその介護負担が与える父親の心身への影響を心配している。家族のレスパイトの為にも、事業所の皆でシフトを調整して何とか助けたい。

【私の視点:ビジネス】
現在の週に1日だけの支援と比べ、追加で3日間の夜間支援の依頼となると、月当たりの介護報酬が単純に4倍となる。また、夜間の加算も得られる収益性の高さを鑑みると、積極的に受けたい。

どちらの視点(表現)が上でも下でもなく、善でも悪でもない。ましてや視点の違いによって我々の提供するサービスの質や量、我々が受ける負担になんら違いはない。
両者間のバランスは存在しない、モノは言いよう、どちらにでも言い得ると述べたのはこういうことで、表裏一体なのだ。

ただし、両者の間ではなく、個々にはバランスが存在すると私は考えている。
それは【ソーシャルの中のバランス】と【ビジネスの中のバランス】である。

【ソーシャルの中のバランス】
例えば、ソーシャルを軸として流れている介護現場において、支援の継続性に影響を与えるバランスがある。
提供者と利用者の間で起こる各種ハラスメントや、グレーゾーンと呼ばれているケアの是非、難易度の高いケアによる支援者の限定化などが、ソーシャル=社会的責任を全うできるかどうかの境界を左右する。これがソーシャルの中のバランスである。
このバランスが崩れた場合、最悪は提供者の離脱という結果を生み、それは他の利用者(他のソーシャル)にも波及してしまう。

【ビジネスの中のバランス】
これは世界中の経済活動に当てはまることなので、例を挙げてまで述べる必要もないかもしれない。
1億円のコストを費やした結果で1億円を得る活動に終わったり、経営の多角化でよく知らない事業に投資した結果で経営を悪化させたりすることが世間には往々にある。
ビジネスの中で、その収支やリスクを見極める眼差しがバランスである。
このバランスが崩れた場合の結果は、皆さんのご想像のとおりだ。

以上の考えから、私は、組織において文化的に経済的に影響を与えうる階層、いわゆる管理者層の全てに、このソーシャルとビジネスの表裏一体の視点、また、その個々の中にあるバランスの存在とそれを見極める眼差し(能力)の重要性を示したい。
また、全てのソーシャルビジネスを担う組織には、管理者層がこの能力を養う過程を経験する機会の創出とその提供を願い、この偏屈者のコラムを締めくくろうと思う。

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

 

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