土屋のミッションについて / 原田 岳(ホームケア土屋 岡山)

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「探し求める小さな声をありったけの誇らしさと共に」
声とは、発声して聞こえる声を指したり、表情や動作から聞こえてくる無言の声を指したり、鈴虫の声のように昆虫が羽や足などをこすりあわせて出す音を指したり、世間の声などのような人の考えや意見を指したりと様々です。
上記の意味だけでなく、声とはまだまだ違う意味も持ち合わせます。

ひとつ気付いたのですが、色々な意味を持つ“声”について共通していることは、声を出すということには必ず、声を出した者の感情からくる意味・理由が存在するということです。それには大きいや小さいはなく、区別するものではないと私は思っています。

であれば、“小さな声”とは何か?ということになりますが、表面的な声(意見・理由)の奥底にある“本質”だと私は考えています。本質に気付かず、表面的な声だけに反応して動くことは時に何かを犠牲にすることも否めません。本質に気付き、何が出来るか・何をすべきか・真の優しさとは何かを考えることが重要だと思います。

自分に問うのは、本質に気付ける自分であったか?という点です。そもそも目の前にいる者の声(本質)に気付く ことさえ出来なければ、何が出来るか・何をすべきか・真の優しさとは何かを考えるスタート地点にも立てません。
気付けないことが知らぬ間に誰かを苦しめてしまう結果に繋がっているかもしれません。

私はホームケア土屋 岡山の管理者をさせて頂き、2021年9月からはホームケア土屋 島根の管理者を拝命いたしました。では、岡山のクライアント・アテンダントの皆の本質を聞き取れていたのか?という質問があったとすれば 答えは“否”です。岡山の管理者を離れる今、振り返ると逆にクライアント・アテンダントの皆様に支えられたのは私だった…というのが正直な気持ちです。

クライアントや未だに福祉の恩恵に与れていない人達の声、また働く人たちの声という部分を含め、私は“本質に気付けるような自分”に成長できたら…そう考えます。この“本質に気付けるような自分”ということが正にミッションの“探し求める小さな声”なのかも?と今コラムを書きながら感じています。

また私は、誇らしさとは“自分の仕事で他の人を喜ばせられることを実感し、会社からも認めてもらえることで得られる感情”という概念がありました。岡山では、自分の仕事で他の人を本当に喜ばせられたのか?これも本当の意味では正直出来ていなかったのでないかと思います。

しかしホームケア土屋 岡山のみんなは私の誇りです。
全員個性が強く、ぶつかることも多い一面もありましたが、それは仕事に対する意識が強いから…。
みんなと一緒にホームケア土屋 岡山を大きくさせられたこと。みんなと一緒に成長出来たこと。
誇らしさとは1人1人の中にある向上心、気持ちの強さ、思考の強さが繋がった時に得られる感情だと気付きました。

私は2021年9月1日に島根に着任します。
探し求める小さな声をありったけの誇らしさと共に

 

原田 岳(はらだ たけし)
ホームケア土屋 岡山

 

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