知らないことと知っていること / 鈴木聖

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私は現場を経験したことがありません。これが良いのか悪いのか、まだ積み重ねが必要だと考えていますが、土屋の理念にたつことができれば、対話し信頼し合えるコミュニケーションがこれをむしろポジティブな作用に働きかけてくれると信じています。

一方で、今までの自分の人生で「福祉・介護」といった領域とまったく接点がなかったかというとそうではなく、過去の2つの記憶をたどってどんな目線を持っているのかお伝えできたらと思います。

1つ目。小学校3年生に上がる際に、旭川市から札幌市へ転校し、その転校後に通学した小学校の同級生のお話です。

症名までは覚えておりませんが(というか気にしていなかった)、下半身が動かず車いすの生活をして他の生徒とまったく同じように授業を受けておりました。
転校直後から当たり前のようにクラスに馴染んでいて、体育の授業も徒競走では車いすで参加したあと、みんなでハイハイ競争をするなど、今思えば教師陣が自分たち生徒の間でギャップが起こらないように空気を作ってくれていたんだと思います。

自分自身にとっても、彼の車いすを使う生活は自分が眼鏡をかけて視力矯正していることと同じだと当時は解釈し、周りでも怪我をした友達に付き添うように、話していたクラスメイトが自然と一緒に教室の移動なども手伝っていました。

2つ目。大学に進学して音楽活動に勤しんでいたころ、札幌のライブで爆音が売りのライブハウスでお客さんとして遊びにきていた方のこと。

彼は札幌界隈ではよく見かけられるお客さんらしく、車いすに乗ってパンクよろしくな髪型で最前列でハードコアバンドのライブを見ていました。
出演時間以外のバンドマンが彼をサポートしつつ一緒にライブを見て、モッシュはできないけど頭を振ったり、手を挙げたり、彼なりに楽しんでいる姿を見て「バリアフリー」について少し考えるきっかけにもなっていました。

恐らくそのハコのオーナーが福祉的活動を積極的に行っていた背景もあると思いますが、すごく新鮮な景色でしたし、こういった当たり前を少しずつ増やすことができたら色んな場所で良い変化が生まれるだろうな、と感じておりました。

昨年から感染症の影響もあり、バンドマンは一度軒並み活動を制限されましたが、彼が楽しむための場所は少しずつ再建されているのでしょうか。

この2つの経験には、「困った人がいたら誰でも自然と手を差し伸べる」行為を当たり前のようにできる、当事者以外の登場人物が存在していたことが共通しています。
少なくとも良い面を切り取って見えた光景だと思いますし、むしろごく一部だったかもしれない、土屋で働いているとまだまだ社会的にそうではない事実を耳にすることもあります。
ただ、そうした人たちが社会の中に溶け込んでいることもまた事実です。

良し悪しは別としても、彼らにも寄り添える”知らない”人の視点にたてることも必要じゃないか、そう自問自答しながら(時には周りに相談しながら)、少なくともその視点に責任が持てるうちはそうありたいと考えています。
むしろ業務外の日常のなかで実践し、土屋にいることでもっと日常的に「福祉・介護」に寄与できることがあるかもしれない、そういった発見につなげていきたいと今は考えています。

それを全ての人に求めることが難しいのであれば、同じ目線・考え方が共有できる人物を求めて、共に充実感や納得感を持って働ける、そんな組織を目指して少しずつ視点を広げていく、このプロセスに現場を”知らない”視点に責任をもって参画できることをビジョンに若輩者ながら前向きに励みたいと思う次第であります。

 

◆プロフィール
鈴木 聖(すずき せい)
1993年8月31日生
埼玉県所沢市生まれ北海道育ち。

一度SEの定職に就くも、本格的な音楽活動へのシフトと「お客さんの顔が見えるところで働きたい」という思いからカフェ・アパレルの接客業フリーター兼バンドマンへと転身。
色々経た後、縁あって株式会社土屋人事部の若手代表として「働く経験をすべて楽しむことに繋げたい」というemoな目標を掲げて奮闘中。

 

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