生きることと死ぬことのある風景 / 牧之瀬雄亮

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我が家には二人の幼子がおり、世の中にはいろいろの生き物がおります。
私も多分に漏れず生きているようで、腹が減ったり、トイレを詰まらせたり、感情が込み上げたりします。

内田百閒は随筆の中で「芸術にかかわる人はより多くの他人の死に出会う」と言っていた。

先日、YouTubeで『第36回こもちゃんTV~悲しみを悲しみにしないために~』を拝見しました。
第36回こもちゃんTV「悲しみを悲しみにしないために〜住吉育代さん」(フルバージョン) – YouTube

ゲストの住吉育代さんは、生後一年を待たず亡くなったご自身のお子さんのために、それまで見かけなかった「かわいい仏具」をご自身でお創りになっておられるということだった。

「わが子の為なら自分が死ぬのは構わない」というのは、人類史に幾万幾億幾兆と繰り返されたであろう言葉と気持ちだと思う。
できるだけ大勢に組すまい、多勢の誘導に乗るまいと何故かふるまう私も、誰かにそう思えと「言われた」あるいは「強いられた」わけではなく、こうも自分の中に自然に「沸き起こる」ものなのかと、わが子が生まれるのを見ていて、また彼らが日々を味わっているのを傍で見ていてそう思うのだけれど、また彼らの人生は、時代がもたらす影響や、本人の質、出会う人々とそれらの織り成す時時の判断、そういった諸条件からしても「別個の人生」である。そして私と物質的な連続性がありながら、である。

腑分けをすればどこまでも分けられ、かつ、同時に纏めようとすればいくらでもそうできるというある種の矛盾を含んで混ざり合う「親子」の関係に、自分自身、当事者と再びなったことで、そのスケールに頭がくらくらしつつも、こども達の悲喜こもごものエネルギーと合奏を、している日々である。

こもちゃんTVの今回のゲスト、住吉さんのお子さんを亡くされたこと、その前後の不安、葛藤、そういったことについてお話になるとき、快活を旨とされるであろう住吉さんのお顔は他者への礼儀としての笑顔を、手放しかけたり、掴みなおそうと波立っているように動き出し、心の内側にある感情が轟き、それを住吉さん自身の気丈さというより、「この感情を他者を助ける愛に傾けたい」という決意が落涙を、押しとどめるようにしていた。と私には見えた。

「大変だった」などということができるだろうか。外野である、関係者でない、ということにのみ、それについての発言権の有無があるとは言えないし、また、発言してもいいだろうとズカズカ入り込むということも違う。
生き死にのことは、避けて通るというのは、私の性分に合わない。

私の父は少なくとも私の無知によって、あるいは不勉強によって死んだと思っている。色々とこれには理由があるのだが、簡単に言えば、「私にも助けるチャンスがあったかもしれないが、私自身がおびえていた為に父を救えなかった」ということだ。

私の子には、祖父がいない。妻の父親つまり私にとっての義父も、私たち夫婦が出会う前に他界しており、上の子に「おじいちゃん」の概念を伝えるのが難しかった。親しい高齢男性を並べて「端から全部、おまえのおじいちゃんだ」ということにしてもいいとは思うが。

死は全くもって終わりなどでなく「中断」として自分の感覚に居座り続ける。これは自分自身の意識が誰かの死を迎えたその瞬間以降も継続しているから、その相対として「中断」なのかもしれない。しかし、その愛しい、苦しい断面を眺め愛することによって、その死が生きてくるという逆説的なものが立ち上がってくる。

また、私には血のつながった兄はいないのだが、兄と慕った人がいて、その人は長年事実婚状態にあった女性と籍を入れた一月後、あっけなく交通事故で死んでしまった。

彼がいるところなら生きていけるだろうと考えた私は、その土地で猟師をしながら今生を全うするつもりでいろいろと進めていたが、彼の死をきっかけに、ポカンとしてしまった。
当時重度訪問に勤しんでいたのは、貯金ができたら山仕事を始めようとしていたからだった。
彼の通夜には100人以上の不定形の人間たちが集まり、ミュージシャンであった彼の体を囲んで、夜通し泣いたり歌ったり踊ったりのどんちゃん騒ぎであった。喧噪の中に、いつもあるはずの彼の「イシシ」という笑い声だけがなかった。
たまたま、自分が生きているのだとも思った。

父の死からは「医療への妄信に対する警戒心」、「豊かな食事とはなにか」ということを考えるきっかけになった。
友人の死からは「依存心とはなにか」とか、「視野の外にも世界がある」ということを考えるきっかけになった。

「メリットがある」などと、カタカナ言葉を言いたいわけではなく、大事な誰かの死は、何か学んだとでも思わなければ、フォーククルセイダーズの歌じゃあないが「かなしくてとてもやりきれない」からだ。

友人の死後、友人が住んでいた家は、友人夫婦が始めるつもりで準備していた「やまのようちえん」の園舎を現在は兼ねている。こどもたちのいきいきとした生きっぷりを、インスタグラムに挙げてくれるので、それを私は遠く離れた町から眺めて、「いいね」ボタンを押している。

死ななかった人たちの生活は、またぞろ一日一日として、呑気に続いていくのである。
私とて同様で、重度訪問をそれなりに意義を感じてやっているうちに現在の妻と出会い、今家庭を持った。私が自分のこどもを見せたい相手ランキングの上位二人、義父も合わせれば三人はすでに鬼籍にある。鬼籍にいるから見せたいのか?いや、そうでもないだろう。
霊魂ででも居てくれて、天国だか常世だか知らないが、そこから月一ぐらいでひょいとやってきて、私がそういった向きに鈍感なだけで、彼らが時折壁をすり抜けて会いに来ていてくれはしないかと願わずにはおれない。

世の中には自分がのんべんだらり過ごそうと過ごすまいと、死に直面する人たちがある。交通事故で年間約1万人、がんで30万人、遺書がある自殺で3万人。死因はほかにももっとある。そしてその周りの人があり、その前後の人たちがいる。難病と付き合うことになった人たちがいる。

私たちの、「生命の持続」でなくて、「生きる」を支える意味がここにもある。生きようじゃありませんか。活きようじゃありませんか。

「誰かの死」という断面は、心の中に血の吹き出るような感情を生々しく永久保存する。
いつか自分が死んで神的な存在に会ったら「やい、これが運命か」と、神なる者の、髭か何か掴んで凄んでみたいと思う。

 

◆プロフィール
牧之瀬 雄亮(まきのせ ゆうすけ)
1981年、鹿児島生まれ

宇都宮大学八年満期中退 20+?歳まで生きた猫又と、風を呼ぶと言って不思議な声を上げていた祖母に薫陶を受け育つ 綺麗寂、幽玄、自然農、主客合一、活元という感覚に惹かれる。思考漫歩家 福祉は人間の本来的行為であり、「しない」ことは矛盾であると考えている。

 

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