全ての人は重い障害を持っていた〜赤ちゃんに対する年齢差別とは何か〜 / 安積遊歩

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アダルティズムやエイジズムという言葉がある。アダルティズムは20代の人に対する差別抑圧、エイジズムは年配の人に対するそれをいう。

その2つについてはまたの機会にゆっくり書くことにして、今回は0歳から10代までの差別をみていこうと思う。なぜならその年齢の差別と重い障がいを持つ人への差別は酷似しているから。私は20代の時に重い障がいを持つ人たちに何人か出会った。彼らには言葉の表現はなく、排泄にもおしめを使っていた。親たちは辛そうに、時に見下して、「この子は赤ん坊と全く同じださ」と言っていた。私も最初は成長や発達とは違った世界で生きている彼らに戸惑った。しかし戸惑いの中で感じたことは、命の多様な有り様を尊重する新たな時代をつくるのだ、という気持ちの高揚だった。

今回は赤ちゃんにも似た彼らの存在から、年齢差別の深さを学んだことを書いていこうと思う。

赤ん坊、赤ちゃんというだけでまるでわかっていない人と同義にされている。そして大人、ほとんどは親たち、そして子どもに関わる専門家と言われる人たちであるが、赤ちゃんは彼らの時間に合わせて生きるように強いられている。

大人たちが働かなければならない、あるいは働きたいとなると、子どもは保育園や幼稚園に彼ら自身の選択とは全く関係なく行かされる。(重い障がいを持つ人も施設か病院に送られる)

ただ赤ん坊は発達、成長という免罪符があるから、保育園や幼稚園に送られても夜には帰って来れる。赤ん坊の尊厳を守ってその存在を100%肯定する仕組みはまだ社会にはない。仕組みがないどころか彼らの存在に必須の、注目と見守りがどれほど大切かが認識されていないからシステムもできるはずはない。

彼らの唯一のコミュニケーション手段は、泣いたり笑ったりであるにも関わらず、それをきちんと聞いてもらえることはほとんどない。空腹やおむつ替えの要求としての涙はわりとわかってもらえるが、その要求を満たされた後でも泣いていたりすると必死に涙を止めるようなアプローチがなされる。

しかし、赤ちゃんの涙は空腹とおむつ替えの要求としてのみあるわけではないのだ。電磁波や化学物質、食品汚染など様々に環境が悪化する中、眠くても神経が昂って眠れない子もいるだろう。また親たちの注目のなさが悲しくてそれが涙になっているかもしれない。あるいは周りの大人たちの不和があれば、その辛さを敏感に感じて泣いているのかもしれない。

大人は暑い寒い痒い痛いなど身体的な要求を手を使って直ちに無意識のうちに自分で解消している。しかし赤ちゃんはそれができない。だからその不快感を泣くしかないのだ。その泣いている赤ちゃん、つまり一生懸命不快であることや辛さを訴えている人に対してまず、できることは、注目と共感だ。

しかし残念ながらその涙に自分を責められていると感じ、泣くことを止めてしまう大人のなんと多いことか。子守唄でさえ赤ちゃんの涙を止めようとするものが非常に多い。赤ちゃんはせっかくのコミュニケーションを妨げられる。そして、混乱の中に自分の感性が大人を苦しめているのではと感じていくだろう。大人の「泣くな」あるいは少しマシな「泣かないで」を何度も何度も聞かされる。そのうちに、涙の禁止語は赤ちゃんの身体にも心にも深く刻まれていく。その言葉に従うことは、感性を麻痺させ、思考を止めることにもつながっていく。

私は娘を常に泣いていいよという眼差しを向けながら育てた。にも関わらず、娘は私が思ったほどには泣かなかった。もちろん骨折の痛みの時は盛大に泣いてもくれたが、それ以外は結構穏やかな子だった。

今思い返すと彼女には彼女を見守る眼差しが絶えずあった。だからその身体的要求をかなり叶えられたのだと思う。そして一番には私とパートナーやそして彼女を取り巻いた若い人には、赤ん坊は何も分かっていないものだという差別的な気持ちが一切なかったからだと思うが。

常に彼女に注目し、よく見守り大人が自分で何気なく叶えてしまう要求を彼女の手足となってやり続けた私たち。それがまず一番の穏やかさの原因だっただろう。

繰り返すが、生まれたばかりの人に対して十分な尊厳が払えない社会だから、重い障がいを持つ人に対してはさらに厳しい社会となっている。成長や発達が見込める赤ん坊なら存在を許せるが、それがないということは人間としての価値がないと同じなのだという優生思想そのものの社会。

だからこそ私たちは重度訪問介護という介助制度を作り、その介助のシステムの中に見守りという項目を入れた。全ての人が赤ちゃんだったのだ。ところがこの社会の自己肯定感の低さ、優生思想の源には赤ちゃんに対する注目と見守りのなさが累々と影響しているのだ。年齢差別の深さに注目し、周りにいる赤ちゃんにまず優しい眼差しと見守りを試みて欲しい。

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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