地域で生きる/21年目の地域生活奮闘記㊶~私が受けた時代の養護学校教育 高等部前編~ / 渡邉由美子

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小学部、中学部と前回前々回私が受けた養護学校教育について記してきましたが、今回は高等部の3年間について書いていこうと思います。高等部3年間はとても濃いもので、前半・後半に分けてお話したいと思います。

私が養護学校教育を受けていた時代は、今のように福祉的な事業所がたくさんあって黙っていてもどこかに振り分けられて卒業後の進路が養護学校の延長の如く決まるという時代ではありませんでした。

それだけではなく、私は中学部時代で自分が置かれている社会的立場を嫌と言うほどわかってしまい、自分が生きていける社会はこの世にないという全否定的想いの中で高等部生活がスタートしました。

高等部生活は寝ても覚めても進路指導一色で、数学や国語などの教科学習も社会に出てから最低限困らない読み書きや計算などが絞り込まれて教育される状態でした。周りの友達は市役所などの公務員になるべく受験勉強に躍起になる人、企業に実習に行って内々定を1年生の後半で貰ってくる人など多数いました。

それらの事が出来ない人はいきなり入所施設に面接に行くなどして卒業後の施設入所を決め、話を聞けば「家族も自分が帰ってきたら大変になるし、家族の厄介者にはなりたくない、と言ってここに入れば一生介護にも困らないし、食べるにも困らないから決めてきた」と満面の笑みで話す重度な友達もいました。

私は中学の時の担任の介護拒否の経験などからいきなり施設に入所するのだけは絶対に嫌だと思っていたので、進路活動が全くできず、進路の話になる度に「まだ考え中です」と答えることしかできませんでした。

進路の書類には在宅という文字が二文字いつも書かれた状態で、周りの人々からは「もっと真剣に考えなさい」とか、一番言われたくない言葉である「親が死んだらどうするの?」みたいな言葉を学年が上がるごとにたくさん浴びせられ、中学部の時同様、暗澹たる気持ちが積み重なっていくだけで、いつも小さくなって存在を消したいと思うばかりの学校生活となりました。

そんな中で、その当時は家族もみんな若かったこともあり、私の家族は卒業後行くところがなければ自宅に引き取って趣味でもさせながら暮らさせるといったことを着々と本人の知らないところで考えてくれていました。そんな準備をするために高校3年生の1年間を寮生活で過ごすことになりました。

それまでは赤ちゃんの時の延長で自家用車から家の中での移動はすべて母親を中心にお姫様抱っこで移動し、トイレ、入浴、食卓の椅子への上げ下ろしなどすべてをとにかく抱えるという状態で行っていました。その物理的状況を家の中にも車椅子を入れて車椅子で移動する方法に切り替える住宅改修を高等部1年かけて行うことにしていました。

その当時の私を含めた家族の発想として、移動する時に必ず必要となる抱える作業を減らせば家族だけで私の介護を永続的にやりきる事が出来ると考えていました。今実家では暮らしていないものの、そのような年齢にお互いになっている中で今では準備不足や見通しの甘さに驚きます。

しかしその当時は現代の社会問題となっている80歳の親が50歳以上の面倒を見たり介護を行うといった8050問題を考えることは不可能でした。住宅改修のためにとりあえず寮生活を1年間行うこととなります。

週に5日間はずっと寮で生活しており、週末は家に帰っていたのですが、その時にも教師陣から自立訓練にならないなどと言われました。しかし最終学年なので、時間を気にせず部活動や学業に専念する予定で良い思い出を最後には作って養護学校を卒業する予定でした。

しかし、世の中はそんなにテレビドラマのようにきれいなものではない、ということを思い知らされる事件の続出する生活となり、中学校生活で思い知った社会の厳しさに上塗りする形で、私はこの世に生きていても親や兄弟の負担になるだけだろう、と思う毎日でした。

親兄弟による介護もいずれ続かなくなった時には、中学の時にその生活だけにはなりたくないと思っていた障がい者ばかりが集団生活をして常に手が足りなくて私ばかり人の手を専属で取るな、と同じ仲間から言われ続ける生活になるのだと思い、希望を何も持てない状態の高等部生活となりました。

そんなことを書いていると、とても暗い青春時代というか、高校生活だったのかと思われるかもしれませんが、私の今の考え方を揺るぎないものにできた経験はこの中学・高校時代に凝縮されていると思えば反面教師的になくてはならない大事な人生経験となりました。そこで学んだことは様々な考え方が人にはあり、人の介護を進んでやってくださる人数は少ないという事実でした。

振り返ってみれば、私の学生生活は苦悩の連続でしたが、このような経験の積み重ねで悩むよりやってみる、やってだめならまた考える、人生諦めない精神が培われました。後編ではそんな現在の私を作り上げた寮生活についてお話ししていきたいと思います。

 

◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を勢力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

 

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