バリアフリーじゃない場所に踏み出す勇気 / 櫻井純

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普段何か配慮が必要な方の多くの方が外出をする際、行きたいなって思う場所は必ずしもバリアフリーじゃない場所であることが多い。危険だから、体調が心配だから、知らない場所だから、様々な理由で私自身も介助者や家族が連れて行きやすい場所に連れて行かれていた傾向があります。

介助者のやめといた方がいいという意見や都合に同調していたら、知らない人に病気や障害を知られるのが嫌だったり迷惑をかける意識もあって、病気の発症後はいつの間にかひどい引きこもりになっていた気がします。

病気の告知を受けた時は辛い現実を目の当たりにすればするほど、誰にも迷惑をかけず死んでいきたいと思って涙することも多かったです。家族に病院に送り迎えしてもらい、家族の見てない場所で泣いて、ソーシャルワーカーさんに背中をさすってもらっていた日々。心が壊れないように多くの医療者が連携して体の機能維持と生きがいを見つけることを応援してくれていました。

今思えば、病院内では無理して転倒しないために常に見守りがあり、基本は許可なく外に出ることはできない行動の制限で私の安全は守られていることが多かったです。

もっと自由になりたい気持ちと外に出て行く不安が葛藤していたある日のこと、病院の外で転んできたら褒めてあげる!とリハビリ中に先生が私に言ってくれました。

病院外の生活で怪我しないことに越したことはないが、絶対に転げない事に重きを置く生活より、100点じゃなくても不格好でも自ら望んで外に出ていく本来の生活に戻していくことの大切さを教えてもらってから、少しずつ外に出る機会が増えていきました。

今でこそ旅行を通じて外出支援や意思疎通支援を行っていますが、私自身も病気の進行でいつか行けなくなる場所に、今のうちに行くことを続けています。

バリアフリーじゃないから行けない事に執着するよりも、むしろハードのバリアフリーがあっても、そこが行きたい場所であれば、会いたい人がいればなるべく出て行くことで生まれるワクワク感は、病気の絶望と向き合う人生の中ではとても大切だと考えています。

いつも過ごす狭い病室の空間を離れて旅に出ると、自然に触れて癒されたり、人と話したり、好きな物が食べられたり、世界がとっても広いことに気付かされます。

この夏、緊急事態宣言解除の間に友人の協力を得て挑戦したのは滋賀県の彦根城。彦根城は現在世界遺産登録を目指しています。世界遺産の多くは世界中から訪れる観光客のためにバリアフリーに改修される場所も今では多いですが、彦根城の場合は山道から天守閣まで完全にバリアフリーではない事があえて正しく明記されていたことが逆に気になりました。

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以下、彦根城案内HPより引用

「山を登り降りするためのエレベーターやスロープなどを設置といったバリアフリー化は行っておりません。そのため、残念ですが、車椅子をご利用の方が単独で国宝・天守などを山を登って見学することはできません。(熟練の介助者2人から3人で介助される場合、入場口から山頂部の国宝・天守付近まで見学していただくことも可能ですが、その場合、坂や階段の登り降りの際が非常に危険であるため、細心の注意を払っていただく必要があります。) また、国宝・天守もバリアフリー化は行なっておらず、手摺があるものの上下階の移動に非常に急で狭い階段を使用していただくことから車椅子をご利用の方が見学いただくことはできません。(介助者がおられても階段の移動が困難なため見学いただくことはできません。) 車椅子をご利用の方には非常にご迷惑をおかけしますが、ご理解・ご協力をお願いいたします。」

HP案内を見て熟練の介助者が2人から3人いれば行けるレベルはどれくらい?とか色々考えながらサポートしてくれる方と実際に足を運んで見ると、彦根城は高低差140mくらいある難所。特に難所の天守閣はほぼ垂直の急勾配のはしご階段。たぶん登ったら降りられず転落するかも知れない・・・と転倒の恐怖が盛りだくさんでした。

でもお城に自分の足で行ってみて初めて、バリアフリーではないと正しく案内に書くことの意味を知りました。今回、体力的にも厳しく怖い足下が続くお城散策をまる1日かけて頑張れたのは、ゆるキャラのひこにゃんに会いたかったから。

残念ながら新型コロナウイルス感染症の影響で、触れて並んで一緒に写真は撮れませんでしたが、彦根城に現れる可愛いひこにゃんにお城の前で会えたことが厳しい山道にチャレンジする励みになりました。

しばらく新型コロナウイルス感染症の影響は続きますが、行きたい場所に行けたらいいな♪と日々ワクワク感を大事に生活したいものです。

 

◆プロフィール
櫻井 純(さくらい じゅん)
1987年 兵庫県加西市生まれ

12歳で急性散在性脳脊椎炎を発症。26歳で10万人に1人程度の割合で発病する慢性炎症性脱髄性多発神経炎を発症。29歳でシャルコー・マリー・トゥース病の診断を受ける。

常に治療リハビリが必要で一般就労が難しい状態から社会参加への強い想いを持ち、2016年難病障害当事者が運営する旅行会社櫻スタートラベルを起業。当事者目線で障害や疾患に配慮する旅行や働き方の取り組みが、産経新聞 ・The Japan Times・朝日新聞で紹介される。ジャパン・ツーリズムアワードビジネス部門(ユニバーサルツーリズム)連続入賞。

重複障害による筋力低下・感覚低下・激しい痛みがあり、現在も年間約120日程度入院やリハビリを継続。難病や障害の相互理解を促す活動として講演活動・失語症者向け意思疎通支援を行う。目に見えない障害や複数の難病と向き合う当事者の立場から、誰もが希望を持てる優しい社会づくりを目指す。

 

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