調和する不協和音 / 佐々木 優(ホームケア土屋 四国 ブロックマネージャー)

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調和する不協和音―――
英語では【ハーモニアス カコファニー】というらしい。
なんだかハリウッドの女優にでもいそうな響きだが、これは9月5日に行われた東京2020パラリンピックの閉会式のコンセプトであった。

私が【不協和音が調和する】と聞いてまず思い浮かべたのはジグソーパズルだった。
それぞれの凸凹具合も表面の絵も千差万別で、二つとして同じ色カタチがないピース。
こつこつピタピタと組み始め、最後のひとつがはめ込まれると素敵な一枚の絵が仕上がる。
しかし、私は思い浮かべてすぐに否定した。
なぜならそれは【不協和音の予定調和】であって、そこには【自由】が欠けているからだ。

パラリンピックの閉会式に想いを寄せよう。
式のクライマックスでは、思い思いの衣装を身に着けたダンサーが自分の得意なダンスをありのままに、そして【自由】に表現していた。
被ってもいい、ぶつかってもいい、予定通りじゃなくてもいい。
彼らはみんな笑顔で、お互いの気持ちを交わしながら踊っているように見えた。
その幸せに満ちた光景に、私は溢れる涙がこらえきれなかった―――

さて、【不協和音】とは二つ以上の音が合わさった時になんだか気持ち悪く聴こえる和音のことである。(例えばドとレ)
職場の良くない人間関係を表す際に【職場で起こる不協和音】というような言い方をすることは皆さんにも馴染みがあるだろう。
これは職員間で起こるいざこざ等の問題を【音】になぞらえたもので、【不協和音】はもっぱらネガティブな形容に使われやすい。
しかし、ピアノを嗜むある事業所の管理者に言わせれば、不協和音も組み合わせによっては心地の良いメロディを構成することができるし、世に出ている歌謡曲で不協和音を重ね合わせた結果の流行曲がいくらでもあるとのこと。

また、必ずしも不協和音は【職員間】のような【複数の個】を形容の対象とする必要はなく【個】だけでも不協和音であり得る。
こう見えてこの私も、私だけで不協和音である。
私には物心がついた頃から今でいう【パニック障害】があって、かれこれ40年以上もセルフカウンセリングを繰返しながら、凸凹な私と苦労して付き合ってきた。
なので私は不協和音のカタマリ、年季の入ったプロ不協和音なのだ―――

私の話はさておき、そんな不協和音が調和する風景があの閉会式にはあった。
様々な障害を持つ彼らが、お互いにありのままで、そしてものの見事に美しく調和していた。

ここで決して誤解して欲しくないのは、これが【協和する不協和音】ではないことだ。
【不協和】を調整(矯正)して【協和】させるのではなく、【不協和】を【不協和】のままで自然に【調和】させることにその意義があるのだ。
少し難しい話をすれば【ICF】であって【ICIDH】ではない、【社会モデル】であって【医学モデル】ではないのだ。

冒頭で自己否定したジグソーパズルでいうなれば、決して枠や型には納めない、ピースの表も裏も気にしない、凸凹なんて無理に合わせない。
思うままに一心不乱に組み上げながら、結果的にお店で買ってきた箱の絵とはまったく違うモノが出来上がったとしても、自由でいて楽しく、うまく言い得ないが不思議と心地よい充足を感じられる景色ができあがればそれでいいではないか、という余裕感。
これがまさしく【調和する不協和音】なのだと私は思う。

絵画の世界であれば、ピカソやダリ、マグリットらが代表する【シュルレアリスム=超現実主義】の世界ともいえようか、もし彼らが【落ち穂を拾う農民】を描いたならどんな作品に仕上がったことだろう―――

話があちらこちらに散らかってしまったようで申し訳ない。
私がこのコラムで伝えたかったのは、繰返しになるが決して【協和する不協和音】ではない、ということだ。
矯正が叶わない【不協和音】は排除して【協和音】体を構成させるのではなく、もし【不協和音】を【不協和音】のまま、心に映るままに重ね合わせることで、美しいメロディに【調和】させられたらこれほど幸せなことはないのではないか、という貴方への問いかけだ。
これは私が【最大多数の最大幸福】を実現したいと以前から伝えていることにも繋がる。

そうは言っても我々生活者のリアルは【日々の様々な不協和をなんとか協和させようと汗をかいて生きている】のが事実である。
皆、生存競争の波にのまれ、一億総中流の時代は懐かしく、ひと時の安心にしがみ付く勝者と、他者への憎しみや欠乏感を抱く敗者に分断するような、露骨な格差社会に拍車がかかっている現代。
【調和】なんて奇麗ごとだ、それはあくまで理想の世界の話しだと言う人もいるだろうし、そういう感情を抱いてしまうことは決して罪ではないと私は思っている。

しかし、私のような凸凹だらけの人間が【そこに居てもいいよ】と言われ、今もなんとか生き続けられているのもまた事実であり、もし【不協和音】が【不協和音】で在ることを許されないのであれば、乱暴なようだが私もこの世から消えるしかないのだ。

私がありのままの私でいることを、これからもどうか許してほしい―――

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

 

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