「Harmonic Cacophony(調和のとれた不協和音)」に思うこと / 佐々木直巳(本社・人事労務 シニアディレクター)

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パラリンピックの閉会式は、この「調和のとれた不協和音」というコンセプトで演出が行われていました。そのあとパラリンピック旗は、東京都の小池都知事から国際パラリンピック委員会のパーソンズ会長を経て、3年後の開催地パリのイダルゴ市長に引き継がれました。最後にパーソンズ会長は「インクルーシブな(分け隔てのない)未来への幕開けだ」と述べられて閉会を宣言し、聖火が消されました。

この様子をみていた時、「調和のとれた不協和音」の世界を創る事が出来るかできないかは、これからの一人ひとりの行動次第だと試されているような、そんな思いになりました。閉会式をご覧になられていない方にも少しその様子をお話ししますと、始まりは(つかみとしてよかったかどうかわかりませんが、随分むかしの、私のような世代の曲ですが)ゴダイゴのヒット曲「Beautiful Name」をBGMにスカイツリーが出来上がり、すべての違いが輝く街、東京が完成するというものでした。

そこから、その街に現れたのは太陽や風、蝶などをイメージした衣装のパフォーマーたち。一見ばらばらに見える演技ですが、やがて融合していく様子を描き出していました。初めは登場人物も舞台となる東京の街並みも、個々にバラつきある不協和音を表しているような違和感、みんな馴染めない雰囲気を少し醸し出す演出に。互いに、うまく調和が取れないかなぁと様子を伺う一方で、見方によっては差別が生まれやすいことも感じさせる始まり。でもやがて、徐々に点在する不協和音のパフォーマーの存在そのものが、少しずつ認められ、肯定されていき、最後は不協和音が「調和」していく様子を見せてくれました。

うまく言えないのですが、この方向でいいんだな、と思わせてくれる瞬間でもありました。自分の中に、あ、この方向だなと思ったきっかけは、勝手な解釈なのですが「交響圏」という言葉です。当社のパンフレットにある、あの言葉です。そこから連想したのが楽器です。楽器はそれぞれに個性があって、色も形も、音色も質感も異なる、まさに多種多様な楽器の世界がまず思い出されました。

そこから浮かんだのは中学高校時代の昼休みの光景です。吹奏楽部がベランダでバラバラに思い思いの練習をしていて、調和しない不協和音の定番のように聞こえてきて、これが一つの楽曲をテーマにつくりあげる時には、楽器それぞれが与えられたパート、役割を知り、認め合い、助け合うとなれば、「さっきまでの調和しない不協和音」から「調和のとれた不協和音」達に変わり、素敵な音楽が出来上がることになる。オーケストラならば、私たちはすでに見て、知っている世界のことなのだと気づきました。

こういうことが、構えずに、ごく普通に出来ていけばよいのだなと思わせてくれた演出でした。

どこの世界でも不協和音はあって、楽器に例えるなら、音の出し方もそれぞれに。騒音のようにぶつかることがあるにしても、個々の音色は個性と魅力があるものだから、ふとした瞬間ぶつかってみたら、意外な相乗効果が期待できたり、協同作業で存在を認め合えたり、楽しめたりする。そうしたセッションの繰り返しが、はじめは「調和しない不協和音」かもしれないが、それぞれが、その不協和音の存在を認め合えた時から、調和する世界に変わっていくのだろうと期待感をもって感じさせてくれるものでした。

こうして交響圏に置き換えてみたら、不協和音もなんとなく分かりやすく、すんなり実現可能なテーマとして映ったのですが、ふと足元を見ると、小さな会社組織レベルの不協和音から、オリンピック直前の解任劇の原因のことまで考えさせられ、現実社会の課題の多さに、「出来るか否かは、今まさに試されている」・・・ということも感じ取りました。その意味で、ある種の気づきを与えてくれた閉会式の演出は、意義のあるものだったなと思います。

オーケストラの楽器も違いがあるから繋がることが出来ているのであれば、人も「違い」があるから繋がり合えるのだと、普通に言えるような交響圏を目指して、理念を追求していきたいものです。

 

佐々木 直巳(ささき なおみ)
本社・人事労務

 

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