読書について② 私の選ぶ7人の作家 / 浅野史郎

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小学生時代の読書から、大学生になってからの読書に飛ぶ。文学作品で好きなものベスト10は、作品が多すぎて選考がむずかしい。そこで、私の好きな作家7人を選んでみた。

夏目漱石「三四郎」
大学1年生のゼミで「夏目漱石の研究」を履修した。越智治雄教授は漱石だけでなく、現代作家の作品を解説してくれた。読書の楽しみを教えてもらったのは、このゼミである。

漱石の作品のうち、あえてベストを選べば、「三四郎」である。田舎出の東大生が、都会で不安な毎日を送る様子を、当時の自分に重ね合わせながら読んだ。いかにも都会的な美貌の美禰子が、三四郎を相手に何度も繰り返す言葉「ストレイ・シープ(迷える羊)」が印象に残る。

太宰治「斜陽」
青春の一時期、誰もが太宰治にかぶれる。そして誰もが主人公の大庭葉蔵は自分だと思い込む。文芸評論家の奥野健男は、「人間失格」を「不朽の傑作」という。
しかし、私のベストは「人間失格」ではない。太宰の最高傑作は「斜陽」である。

「朝、食堂でスウプを一さじすっと吸ってお母さまが、「あ」と幽かな叫び声をお挙げになった」という冒頭から、物語に引き込まれていく。元貴族の家庭が没落していく様子が端正な文章で綴られる。「斜陽族」の語源が、この小説のタイトルだということは、後から知った。

太宰の作品では、短編に佳品が多い。その一つの「走れメロス」は高校の教科書に掲載されているので、私と同年代のものは、ほとんど読んでいるはず。
その教科書版では、「万歳、王様万歳」で終わっている。元々の作品では、その後に、ひとりの少女が、真っ裸のメロスに緋のマントをかける場面がある。「勇者は、ひどく赤面した」で終わるのだが、教科書ではその大事な部分が削除されている。文部省の役人は、しょうがない堅物で、折角の名作を台無しにしている。

三島由紀夫「金閣寺」
流麗で華美な文章に惹かれ、三島由紀夫の作品に耽溺したのは、大学生時代である。金閣寺の美にとりつかれた青年僧侶が、金閣寺に放火するという事件をもとにした「金閣寺」を読んだのも、多感な学生時代である。三島自身が美にとりつかれたことを反映するような作品に、圧倒された。

三島の小説には、「金閣寺」のほかに、「仮面の告白」、「憂国」、「豊穣の海」といった重厚な作品が多い。一方、前向きで明るい作品も捨てがたい。「永すぎた春」、「潮騒」などがそうである。読後は爽やかである。

井上靖「氷壁」
井上作品の中では、穂高岳登山中に、ナイロンザイルが切れて亡くなった登山家をモデルにした「氷壁」が一番いい。推理小説的謎解き要素があり、恋愛小説の趣きもある。内容はそれ以上に深いものがある。

井上靖には物語としてぐいぐい読ませる作品が多い。歴史小説としては、「敦煌」、「天平の甍」、「蒼き狼」など、いい作品である。「しろばんば」、その続編的な「夏草冬涛」という自伝的な作品もいい味を出している。

山本周五郎「ながい坂」
短い時期に、新潮文庫の山本周五郎の全作品、55冊を続けさまに読んだ。短編もいいが、ずしりと重い感動を残すのは、長編作品である。「樅の木は残った」、「虚空遍歴」、「さぶ」、「五瓣の椿」などの佳品があるが、ここでは、あえて「ながい坂」をあげる。

厚生省障害福祉課長を拝命した時期にこの作品を読んだことにより、仕事への取り組み方が変わった。自己犠牲、主義を曲げない、忠義に篤い主人公の生き方に影響を受けたという以上に、国家公務員としての自分を重ね合わせたのである。「ながい坂」だけではない。山本周五郎の全作品によって人生が変わったという実感がある。

山口瞳「江分利満氏の優雅な生活」
高校生の頃から、山口瞳の作品をずっと読み続けている。「週刊新潮」で 1,614回、31年間1度も休まず続いたコラム「男性自身」は、第1巻から第27巻「江分利満氏の優雅なさよなら」まで、単行本になるたびに購入した。その27冊は、これ以外のほぼ全作品とともに、今も書棚に残っている。私にとってそんな作家は、ほかに上記の山本周五郎だけである。

1965年の直木賞受賞作の「江分利満氏の優雅な生活」は、昭和30年代の典型的サラリーマン(山口氏自身がモデル)の日常を描く小説である。平凡な日常生活を書き綴っただけの小説が、どうしてこんなに感動的なのだろう。

その山口瞳さん夫妻とは、銀座の「はち巻き岡田」でご一緒したことがある。私が山口さんのファンだということを知った友人が、彼の叔父さんの紹介で会食の機会を設けてくれた。その意味でも、山口瞳さんは、私にとって特別な作家である。

向田邦子「父の詫び状」
その山口瞳をして「小説も随筆も自分より上手い、こまっちゃうねえ」と言わしめたのが向田邦子。山本夏彦は「突然現れてそれなのに、すでに名人である」と評した。

「あ・うん」、「阿修羅のごとく」という小説もいいが、随筆はもっといい。その中でも、直木賞受賞のデビュー作「父の詫び状」は、山本夏彦が言う如く、「既にして名人」の域に達した随筆集である。エッセイの最高傑作という評もあるが、決して過剰な褒め言葉ではない。

威張り、怒鳴り、殴る父親のいる、昭和初期の一般家庭の姿を描く筆は、洗練されたユーモアにあふれている。生活の細々した描写は的確である。「こんな作家が出てきたんだ!」と驚きとともに読んだものである。

 

◆プロフィール
浅野 史郎(あさの しろう)
1948年仙台市出身 横浜市にて配偶者と二人暮らし

「明日の障害福祉のために」
大学卒業後厚生省入省、39歳で障害福祉課長に就任。1年9ヶ月の課長時代に多くの志ある実践者と出会い、「障害福祉はライフワーク」と思い定める。役人をやめて故郷宮城県の知事となり3期12年務める。知事退任後、慶応大学SFC、神奈川大学で教授業を15年。

2021年、土屋シンクタンクの特別研究員および土屋ケアカレッジの特別講師に就任。近著のタイトルは「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」。

 

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