「ハーモニアス カコフォニー」 / 青山純二(本社・新規エリア開発部門 シニアディレクター)

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例え話であるが水と油は性質上、交わる事はない。不可能である。私達、人間同士は同じ生物であるから仮に軋轢が生じてもいつかはわかり合える時が少なからず訪れる、ないし水と油のように交わらないことの可能性は低いだろうし人間としての関係性が崩壊したとしても修復は決して不可能ではない。なので、更に言うと障害をお持ちの方々と健常者は言うまでもなく水と油ではない。

数年前に知的障害者であるクライアントの介護で外出介護をしていた時のことである。クライアントと一緒に電車に乗っていたら、目の前に座っていた乗客が突如、席を離れて別の座席へ移動したことをいまだ鮮明に覚えている。そのクライアントは時折、窓を少し叩いたり少し声を、大声までとは言えない声を発したりしていたが、乗客はおそらくその状況を見て不快に思ったのだろう。まだいくつか類似した経験はあるが、私が過去に経験した事例はおおげさかもしれないが正に水と油のような状況だったのかもしれない。いまだ障害をお持ちの方々に対して偏見は根強く残っているのかもしれない。

そのようなある意味、物理的ではないバリアフリーを当たり前の世の中になってほしいと思っている。物理的なバリアフリーは、今は随所に整備されている。駅を例にエレベーター、エスカレーター、スロープ、ホームドア、多機能トイレ等がある。今は数十年前と比較してもだいぶ整備されてきている。しかし、物理的なバリアフリー以外の物理的ではない内面的なバリアフリーもある意味整備していきたいものである。

1981年の国際障害者年が障害者の方々の「完全参加と平等」ということが呼びかけられているが、それとは別にそれがあろうがなかろうが、私達は少なくとも障害のお持ちの方々が何か困っていたら、すぐに手を差し延べることが出来る文化を築いていき、そのような内面的なバリアフリーをこの先も世襲していければ、差別は大幅に減少していくだろう。

人間は国籍や人種が多種多様、存在しているわけであるが、国籍や人種が異なっても同じ人間であることは変わらず、差別や偏見を抱くことはもっての外である。又、介護に携わっている立場から言わせて頂くと、障害をお持ちの方と健常者の違いは何かといえば、違いはない。同じ人間である。仮に介護に携わっていなくとも同様である。私達はお互い水と油のような交わらないことはない存在である。お互いを尊重しあえることで差別や偏見は無くなっていくものである。

 

青山純二(あおやま じゅんじ)
本社・新規エリア開発部門 シニアディレクター

 

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