読書について⑥ / 浅野史郎

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「読書について」なんていうコラムを書いているが、今の私にはこんなコラムを書く資格はないと思っている。このところ3ヶ月ほど、読書がほとんどできていない。多忙で時間がないということではない。体調不良でもない。ああ、それなのに、今の私は読書をさぼっている。文庫本を読むのは就寝前のベッドの上というのが習慣になっているが、ページを開くとすぐに睡魔が襲ってくる。数頁しか読めないので、一冊読むのに1週間も2週間もかかってしまう。

「さぼっている」と書いたが、これは読書することを義務だと思っているからこそ出た言葉。本来、読書は楽しみであり、読書ができることは権利でこそあれ義務であるはずがない。ああ、それなのに読書をしていないことに罪の意識さえ覚えてしまう。これはある種の病気なのかもしれない。

不治の病ではないので、この病気もいつかは治る。そもそも、今は本を読みたいという気が起きない。読みたくなかったら読まなきゃいい。そのうち、読みたいという気になるはず。そしたら読書を再開すればいい。それだけのことじゃないか。

その読みたい本が見つかった。「向田邦子ベスト・エッセイ」(ちくま文庫)をアマゾンで購入し、一週間かけて読了した。このコラムの第二回「私の選ぶ7人の作家」の7番目に向田邦子をあげた。そこで、彼女のエッセイの素晴らしさを褒めちぎっていた私。

今回再読して、やっぱりすごい、エッセイストとして別格の存在であるという思いを強くした。向田邦子は天才というより、名人という称号のほうが似合う。脚本家としてもすごいが、エッセイ界最高の名人である。

エッセイでは、庶民的なことを題材にしているが、書いている彼女は決して庶民的には見えない。自分のことを「テレビの脚本を書いて見すぎ世すぎをしている売れ残りの女の子」と自分を卑下しているが、なんのなんの人格者らしくないところが魅力の優れた人格者である。私にとっては憧れの女性。このうえなく魅力的な女性である。

そんな向田邦子はこれからという時に、台湾での飛行機事故に遭遇し急逝。52歳という若さであった。さぞや無念だったろう。そんなことを思い浮かべながら読んでいたら、涙が出てしまった。

読み応えのある本を読んだおかげで、また本を読みたい、読んでいこうという気にさせられた。いよいよ読書再開である。「病気」から回復できたのは、この本のおかげ。天国にいる向田邦子さん、ありがとうございます。

向田邦子のエッセイを読んだら、自分の書く駄文が恥ずかしくなって筆が進まない。よって、今回のこの駄文はここまでとする。いつもより短いことをお許し願いたい。

 

◆プロフィール
浅野 史郎(あさの しろう)
1948年仙台市出身 横浜市にて配偶者と二人暮らし

「明日の障害福祉のために」
大学卒業後厚生省入省、39歳で障害福祉課長に就任。1年9ヶ月の課長時代に多くの志ある実践者と出会い、「障害福祉はライフワーク」と思い定める。役人をやめて故郷宮城県の知事となり3期12年務める。知事退任後、慶応大学SFC、神奈川大学で教授業を15年。

2021年、土屋シンクタンクの特別研究員および土屋ケアカレッジの特別講師に就任。近著のタイトルは「明日の障害福祉のために〜優生思想を乗り越えて」。

 

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