追い詰められる子供達 / 安積遊歩

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旭川いじめ事件についての記事を読んだ。14歳の少女が、氷点下17度の公園の中で、なぜ死ななければならなかったのか。その文章は、野田正彰氏という精神科医によって書かれたもの。

彼女は、友人達からは徹底的ないじめを受け、学校からは発達障害というラベリングを小学校4年からされていた。その上、精神医療からは残酷な入院治療と精神安定剤等の強い投薬を強いられていた。彼女が受けた入院治療について書いていたことで、ひどく辛かった一文がある。彼女が入院させられた日に、自殺予防のために裸にされ、孤独に隔離されたという。それは、ナチスやソ連の戦争時代の病院よりも極悪な対応であるという記述。

私は、11歳から13歳まで病院と学校を併設したような施設にいた。そこで骨を矯正するからと言われ、4回以上の手術を強いられた。手術のプロセスを丁寧に説明されるということはなく、おびただしい数のレントゲンや採血に、不安と恐怖が募っていく。その上で、裸にされ、白い布が掛けられ、簡単な麻酔をかけてストレッチャーで手術室に連れて行かれた。

あのときの自分の記憶を辿ると、手術の前には絶対にいて欲しいはずの母はいなかった。忙しげに立ち働く看護婦と横柄な物言いの医者の中で、自分は一体どうされるのかという不安で、心が押し潰されそうだった。それでも、手術後には母が来てくれるだろうという一抹の希望はあったが。

さあやさんと自分の絶望と屈辱を比べても意味はない。しかし、野田さんの言うように、目が悪いとか、足が悪いとかということではなく、性格・精神に問題があると決めつけられて、ここまで追い詰められる悲惨。

私は足が悪いということで、馬鹿げた治療を強いられ続けてきたが、そうした一切は無駄だったと、当事者として断言できる。さあやさんがラベリングされた発達障害もまた、それに対する治療や特別な支援が必要だとはほとんど思えない。なぜなら、発達障害が子供の要求によって出てきた訳では全くないからだ。

人は幸せになるために生まれてくる。子供時代に管理し尽くされてそんな中で育った人たちが幸せな社会をつくるのは難しい。子供のときから、大人に管理されて、ラベルを貼られ、幸福感を感じる暇もない子供達。

いつの時代も人は自由を求めて生きるのに、自由を求めた瞬間に、学校は、子供たちに自由であってはならないという教育を押し付けてくる。そんな子供達の逃げ道がスマホであり、LINEのやり取りとなっているかのようだ。自慰行為や、入水自殺を強要されたり、こんな酷いひどいいじめがありながら、それを誤魔化し続ける学校や精神医療の人々。

娘が中学の時の校長が朝礼で、「あなたたちは大きな会社や大企業できちんと働いて日本の経済を盛り立てていくために勉強するのです。」と大真面目に言っていたと話してくれたことがあった。彼女の中学は公立校の中でも所謂学業が優秀だということで、競争が激しかった。彼女の友人達の間でも、スポーツでも勉強でも点数を取らなければという強迫観念がずいぶん回っていた。先生達も絶えず忙しく走り回らなければならず、ポケットには抗うつ剤などの精神安定剤の薬をいつも忍ばせていたという。

また、発達障害ということで思い出すのは、娘の小学校時代の校長が言ったこと。娘は1996年生まれで2002年の文科省による発達障害の全国一斉調査が始まった年くらいに入学だった。彼女は幼稚園にも保育園にも行かなかった。就学時健診も障害のある子とない子を振り分けるためのシステムと知っていたから、そこには出向かなかった。その代わりに直接校長に会いに行った。彼は「字は書けるのかな?」と聞いてきたので、その頃の彼女のブームであった「自分の名前は書けないんですけど、織田信長という字が書けます。」と返した。それに対して彼は、「それはこだわりがすぎる。発達障害かもしれない。」と言ったのだった。これが私が発達障害という言葉を聞いた初めての時だった気がする。

もう一度繰り返すが、発達障害とラベリングされ、投薬されて幸せな子供時代を送れるはずはない。今の学校は子供に生きる力を育むところではなくなっている。そこから見て学校は、子供の生きる力を奪い取る場にさえなっている。彼女をいじめた子供達は、彼女の友人ではなく、それとは真逆の、命を追い込む敵でさえあったのだ。

しかし彼らは初めからの敵では全くなかっただろう。この社会に蔓延する優生思想と競争原理、シングルマザーに対する女性差別、ポルノ蔓延の中のミソジニーやフェミサイドなど。それらに対して敢然と立ち向かうべき教育と医療が子供達を分断し、加害者・被害者としての役割を付した。さらに周りにいる大人達は驚くべき無関心で彼女の心と、文字通り体をも凍り付かせてしまった。

子供達が追い込まれている、競争原理に満ちたとんでもない深い闇。

ところで旭川にはその闇から抜けるべく、多様性を祝福し、障害の重い仲間とともに生きようとしている地域の中の中学校がある。この中学校に通っていたコウキ君(仮名)は、言葉を全く持たなくても、人と違う表現を見せ続けても、障害のない仲間に、友人として遇され、迎えられ、中学校を卒業した。ラベリングに意味を持たせない学校や仲間達の間で、自由自在に生きることのできたコウキ君。さあやさんがもしこちらの中学校に通っていたならば、さあやさんの人生は全く違うものになっていたに違いないと思うと、ひたすらに哀しく切ない。

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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