土屋の挑戦 インクルーシブな社会を求めて⑤ / 高浜 敏之

5大往生と出帆の日

株式会社土屋の出帆を目前にした日に、デイサービス土屋の立ち上げメンバーの一人で、私たちの挑戦を共にした協働者ともいえるIさんから、Mさんの訃報が届いた。ターミナルケア期に突入したMさんが、同じく草創期を支えてくれたYさんが担当の日に、デイサービス土屋で息を引き取られたとのこと。もしかしたらデイサービス土屋での初めての看取りケアかもしれない。私がデイサービス土屋の立ち上げに参加してまもなく利用を開始され、その頃にはすでに80台後半に差し掛かっていたので、90台半ばを超える大往生と言えるかもしれない。

Mさんは最も思い出深いご利用者のお一人だ。もともと大学で細菌学を研究されており、また著名な歌人の愛弟子でもあり歌をこよなく愛された。かつそのほか多種多様な趣味を持たれており、茶目っ気も豊かで、スタッフからも大人気のスター利用者さんだった。ただし、時に茶目っ気が過ぎるのが玉に瑕で、他のご利用者にニコニコしながら「はげちゃびん!」とか「よぼよぼ!」とか「ぼけ老人!」とか、様々な毒舌を発し、時にトラブルになり、場合によっては他のご利用者と取っ組み合いのケンカになることすらあった。そんなMさんは、通所するデイサービスをいくつも利用拒否にあい、巡り巡って私たちと出会った次第である。

個性の受容とその人らしさの実現をモットーとした私たちは、まずMさんの特技である歌を生かしてもらおうと、「歌を詠む会」というミーティングを毎週実施した。参加者それぞれに短歌や俳句を書いてもらい、Mさんに講評してもらうという試みだ。Mさんの自己実現と参加するご利用者の認知症に対するリハビリの一環という意図があったが、これが思った以上に好評で、なによりもその時間においてご利用者と職員が、介護する/される、という一面的な関係性から解放され、フラットなつながりのなかで時間を享受することができるところに意義を感じた。

またMさんの飄々としたお人柄が非常に魅力的で、特に女性陣はスタッフ利用者問わずその多くがMさんファンクラブ会員になり、寄り添うという名目のもとMさんの近くに吸い寄せられては癒されていたし、私もその一人だった。ケアをする側とされる側の双方向的コミュニケーションが実感でき、制度の外側にこそケア現場の重力があることを再確認させられた。

デイサービス土屋では毎週リハビリテーションの一環として外出プログラムを実施していたが、Mさんが山中湖畔に所有される別荘にみんなで訪問したこともある。いささか雨脚の強い日だった。私とその他平均年齢90歳近いメンバーの皆さんのロングドライブ、さながら小旅行だった。別荘につくと、ご親族がそちらにいらっしゃり、私たちを歓待してくださった。Mさんが若かりし日に撮影された写真を見せてくださり、Mさん自身がその写真を解説してくれた。もちろんMさんも認知症を発症されていたが、その時の生き生きとした語り口はなんの曇りも感じられなかった。生きることの喜びを満喫されてきたMさんに感服するばかりであった。

そんなMさんの他界の知らせが、私たちの新たなる航海の船出を目前にして届き、何か共時性めいたものを感じてしまった。その報告をいただいたとき、私は日本で最も星空が美しいといわれる岡山県井原市の美星町という地域のレストランで、食事をしながら出帆に際しての文章を書いていた。美星の夜空は相も変わらず都心部では考えられないほどの星が散りばめられていた。

Mさんの死に直面し、追悼の念に覆われ、またいささかノスタルジックな気分に浸りながら、死と再生、という神話的思考の想念が湧いてきた。全ての存在は、個も集団も、制度も様式も、商品も構造物も、やがて滅びゆく運命にある。私たちの延命に対する情熱はほかのなによりも激しく、またそうあるべきだとも思う。しかし、ちょっとした油断、ちょっとした無配慮、ちょっとした軽率は、存在の寿命を短くする。そして、その死は新たなる生の誕生を準備する。その新たなる生にもやがて死が到来する。この生と死が循環する時間の中のまばたきのような瞬間を私たちは生きる。

そんな神話的観点からは、人の寿命が50年だろうが100年だろうが、企業の存続が1年だろうが3年だろうが20年だろうが、さしたる違いはないようにも思える。たかがとされどの狭間を行き来する。Mさんの90余年の人生とその大往生を目撃し、寿命は運命ともいえるが、個人の注意や配慮や関心も、やはり影響するところは大きいのだろうなとも思った。同じことは企業活動についてもいえるのではないかとも思った。

そんなよしなしごとを思い巡らせながら、心のなかでMさんにありがとうとさよならを伝えた。そして、まもなく出帆する株式会社土屋の一日も長い存続のために、最大限の注意と配慮と関心をもって舵を取っていこう、と心に誓った。数多くのご利用者ならびにスタッフの生命と生活に対する責任を担っているのだから。

 

◆プロフィール
高浜敏之(たかはまとしゆき)
株式会社土屋 代表取締役 兼CEO最高経営責任者

慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。

大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。

2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺を散策。