赤國幼年記3 / 古本 聡

ここは何処やろ?

 

モスクワ中心部のアパートメントを出発して2時間ちょっと。それまでただひたすら真っ直ぐ走ってきた車は急に、やや硬めのシャーベット状に凍った路面を斜めに滑りながら左ターンを切って脇道に入っていった。中に乗っていた5人全員の身体が大きく揺れた。そしてまたしばらく一本道が続いた。

今度の道は新しく積もった雪と深めの水溜まりでデコボコだった。時折、車のタイヤが空回りするのが、子供の私にも感じとれたくらいだ。ふと前を見ると、そのデコボコ道は真っ黒な針葉樹で覆われ、その横幅が車からは計り知れないほど広い森に向かっていた。

遠くから見ても幅広く見えるくらいその森が大きかったのか、はたまた車の進行が極めて遅かったのかは分からなかったが、森の突端にたどり着くのに20分はかかった。そしてそこには、車2台がギリギリ通り抜けられる、高さ4メートルくらいの、錆びて濃緑色のペンキ層が魚鱗のようになって剥がれかかっている鉄製の門扉が開け放たれていた。

門をくぐると、運転手は「バチッ」とヘッドライトを付けた。余程にスイッチノブが固かったのか、やけに音が大きかったのを覚えている。朝でもライトを灯さないといけないほど森は暗かったのだ。私は不意に、横に座っていた母に叫び気味に言った。

「オシッコ、もれそうや!」

「ぼく、はきそうや・・・。」

と、兄が続いて蒼い顔でつぶやいた。

すると、助手席にいた父が振り返って怒鳴った。

「あと5分くらいや、我慢せぇ!」

我慢はした。しかし、その5分後に私の眼に入ってきた景色、そしてそこから先に私の身の上に起こったことは、そこまで出かかっているくらいの強い尿意でも、どこかに吹っ飛んでしまうほど強烈で、恐怖、悲しみ、寂しさ、心細さ、恥ずかしさ、そして悔しさが一気に押し寄せてくるようなものだった。

やがて車は、森の樹々の群が一旦途絶えた、ぽっかり開けた場所に出て、そこで止まった。古い、と言うよりは朽ちかけているのでは、と思えるような外観の、大きく、背の高い建物があった。暗灰色の空にそびえ立つさらに濃い暗灰色の建物。壁という壁は全て、葉の落ちたツタが屋根まで這い上り、その様子は痩せた老人の手に浮き上がった無数の血管のようだった。

玄関まで続く5、6段の階段があり、一段一段にレリーフや彫刻などの装飾が施されていたのだが、どれもこれも割れているか、崩れているか、だった。中でもゾッとしたのが、手先足先がもぎ取れ顔が打ち砕かれ陥没した等身大の天使像だった。

建物の風情は、今で言えば、十分な資金をかけて、キャスティングも一流俳優を配したホラー映画に出てくる幽霊屋敷そのものだった。

その景色に囲まれて私は、急に怖くなって身動きができなくなり、車の中でうずくまってしまった。兄もまた横で俯いたまま黙りこくっていた。

気が付くと、車の、私が乗っていた側の後部ドアの外に、3、4人の、白衣の上から毛糸のカーディガンを羽織り、白いキャップを被った人たちが集まってきていた、全員、恰幅の良い大柄な女性だった。すでに車外に出ていた両親がその人たちと何か2、3こと言葉を交わし、これいかにも日本人といった愛想笑いを浮かべると、唐突にドアが全開にされた。

次の瞬間、私はその3人のうちの一人に半ば宙吊りにされながら、車外に引っ張り出され、そこでもう一人の白衣の女性が広げていた濃緑色の毛布にグルグル巻きにされてアッと言う間に建物内に運び込まれてしまった。声を発する暇もなかった、と言おうか出なかった。

もの凄い力だった。到底女性のものとは思えなかった。女性たちは口々に私に向って、あるいは互いに、ある時は猫なで声で、またある時は耳が痛くなるほどの大きな声で、しかも驚くほどの早口で終始何か喋りながらそのままズンズンと建物の奥に進んで行った。

私が毛布から解放され、ストレッチャーのような車輪付きのベッドに座らされたのは、車から出されて5分くらい経った頃だったろうか。もうその時には時間の感覚などなかった。ただ、あの数分間のこととして覚えているのは様々な匂いが混じった、建物内の空気の重量と、毛布からしていた異臭だ。

建物内の空気は、生乾きのペンキ、熱々の地域セントラルヒーティングの、機械油が混じった漏れ飽和蒸気、古いソファなどが発する埃と黴、女性たちから漂う強い汗臭とチープな香水の匂いが混じり合って充満していた。押さえつけられていたのと、その空気とで息をするのが苦しかった。

目が回りそうで毛布に顔をうずめると、今度は人の体内から出る、ありとあらゆる排泄物、分泌物、吐しゃ物、腐敗物の匂いが合わさって、私の鼻腔の粘膜に突き刺さるように感じた。私の場合、今でも過去に嗅いだことのある匂いによって記憶が蘇ることが多々あるのだが、匂いというものは記憶と直結しているようだ。

そうして私は、何が何やらわからないうちに、どこへやらと運ばれて行った・・・。

> 赤國幼年期4につづく

 

古本聡 プロフィール

1957年生まれ。

脳性麻痺による四肢障害。車いすユーザー。

旧ソ連で約10年間生活。内幼少期5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。 早稲田大学商学部卒。 18~24歳の間、障害者運動に加わり、 障害者自立生活のサポート役としてボランティア、 介助者の勧誘・コーディネートを行う。大学卒業後、翻訳会社を設立、2019年まで運営。

2016年より介護従事者向け講座、学習会・研修会等の講師、コラム執筆を主に担当。