『小さな一歩』前編 / わたしの

傷というのは不思議なものだ、と周也(シュウヤ)は考えたことがある。

傷を作ったのは日中なのだが痛いと認識したのは夜だった、なんてことがよくある。

例えば、お風呂に入ったときにしみて初めて背中に引っ掻き傷ができていたことを知る。そして知った途端に痛みを感じるようになる。

また、家に帰ってきてズボンを脱いだら痣を発見し、そこから急に痛みだすということもよくある。

傷があったこと自体を認識するまでは、痛くないのだ。

ある程度の時が過ぎるまで痛みを感じさせないようにする機能が人間の脳(身体?)には備わっていることを、学術的な詳しいことはよく分からないが周也は実感として持っていた。

そして傷はいつか癒え、痛みはいつか消えることも教師として障害のある子どもと向き合うささやかな経験の中から周也は学んだのである。

周也は今年の春から特別支援学校の教員になった。配属されたのは中学一年生、6人の生徒が在籍する組だった。

特別支援学校は一般的な学校と違って複数の教員でクラスを受け持っていく。だいぶ歳の離れたベテランの教員の中に混じって周也は障害児教育を一から学ぶことになった。

周也が配属されたクラスに和(カズ)という名前の生徒がいた。

和の噂は入学前から校内に轟いていた。

噂によると「たいへんな子」「難しい子」であるらしい。どうも「噛む」「引っ掻く」などの行動があり「暴れる子」である、と。

噂には尾ひれが付いて数々の先生を病院送りにしたらしい、とまで言われていた。

周也はそんな皆の恐れおののく和の担当の一人に命じられたのだ。

和は中学に上がってきて間も無くはおとなしくしていた。単なる噂に過ぎなかったと、身構えていた教員たちもほっとしていた。

しかし、それは場面の緊張により行動が押さえられていたに過ぎなかった。

少し場に慣れてきた頃、初めて和は爆発した。その高まりの激しさはあらかじめ予想していたものを遥かに越えるものだった。

一度気分が高くなると30分くらいは教員3名で押さえないといけないほどの暴れっぷり。興奮が始まると一時限が格闘だけで終わることもざらにあった。

そんな揉み合いの中で体中傷だらけ、半分裸になるくらいビリビリに服は破られた。新しく買ったシャツを何枚駄目にしたことか。

ベテランの先生も学校史上「五本の指には入るな」と和を評しているほどである。

和が一番初めに爆発した日のことは忘れもしない。

入学式が終わって二週間が経った日の午後、教室で和が突然表情を固くして唸るような声を出し始めた。それまでも表情は固かったが、声を出すことはなかった。

周也は他の子にするのと同じように隣へ行って目線を合わせるためにしゃがんだ。

そして背中を撫でながら「どうした、どうした?」と声を掛けた。

それがきっかけとなって和は大爆発した。

大きな泣き声を上げながら、まず横に並んだ周也の腕を噛んだ。驚きで周也はバランスを崩して床に仰向けになるような形になった。そこに和は覆い被さり、腹と太ももを噛んだ。何が起きているのか周也には分からなかった。

周也自身がパニックになっていた。

その時点で慌てて駆け寄った他の教員に和は羽交い締めにされた。

しかし、まだ興奮はおさまらず体をホールドしていた教員の手を振りほどいて顔を引っ掻き、親指の付け根を噛んだ。

教員三人がかりでようやく押さえ、水を飲ませたり、冷たいタオルで顔や体を拭いたり、倉庫から扇風機を持ってきてもらって風を当てたりしてなんとか落ち着かせた。

直後は周也も興奮状態で動悸が激しく、風景がいつもと変わって見えた。現実感がないというのか、景色の中から自分が剥がれて存在しているような感覚。格闘によってアドレナリンなどの何かしらの脳内物質が噴き出た影響もあったのかもしれない。

傷は不思議と痛まなかった。

脈拍が早く、呼吸が乱れていた。

場が落ち着いても、何が起きたのかまだよく分からなかった。

何故?

というハテナが頭を支配していた。

自分はなだめるために声をかけただけである。

それが数分でこんな傷だらけになっている。

何故?

最所に周也に起こった感情は怒りだった。もちろん自分が怒っているという自覚は持てていなかったが。鼻息荒く、興奮していた。

冷静な判断はその時できなかった。

少し頭が冷静になってきたとき(どのくらいの時間を要しただろうか。その日の夜だったか、二三日経ったころだったろうか)、なんとなく自分の行動が原因なのではないかと漠然と考えるようになった。

自分のせいではないか、と。

和のパーソナルゾーンを踏み越え、不用意に近付き、スキンシップが苦手な子どももいる中でいきなり背中を撫でた。

しかも掛けた言葉、「どうした、どうした」という言葉は知的に遅れがある生徒にとって分かりにくい言葉である。

いきなり近付いてきた人間によく意味の分からない言葉を投げ掛けられ、背中を撫でられ、これによって我慢していた和は限界に達して一気に爆発してしまった。

根拠はなかったがその考えが頭を離れなくなっていた。

その考えに到ったとき、周也を襲ったのは「情けなさ」だった。怒りは情けなさに変化した。

教員になったばかりであり、なおかつ和のような行動の激しい生徒を受け持つのは初めてではあるが、これまでの自分が学んできたことは一体何だったのか?

パーソナルゾーンやスキンシップへの配慮、声掛けへの配慮、言葉選びのポイント、それらは大学でも就職してからの研修でも何度も習ってきたことではなかったか。

テキストにも書いてあるような接し方の基本を無視した自分の行動が恥ずかしかった。

自分が障害児支援を何も分かってはいないことがよく分かった。情けなかった。自分には支援の才能がまったくないことを突き付けられた気がした。

自分は駄目だな。

自分なんていなくていいや、と思った。

他者から見ると唐突に映るかもしれないが自己否定に周也は襲われたのである。

自分は駄目だ。

自分は駄目だ。

自分は駄目だ。

その考えが心の中でリフレインした。

そして、仕事を辞めようかな、という気持ちになっていた。

家で目を閉じて眠ろうとしても眠れない。別のことを想像しても、いつの間にか自己否定の思考に絡め取られてしまう。入り口は全然別のことでも(なるべく自己否定から遠い内容に無理矢理しても)、辿り着く地点は同じだった。

自分は駄目だな、仕事辞めよう。

周也は追い込まれていた。

【後編】につづく(^_^;)

 

◆プロフィール
わたしの╱watashino
1979年、山梨県生まれ。

◎わたしの曲
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◎わたしのコラム
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