I believe I can fly again. / 佐々木 優

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かつて私が仕事で東京に出張する際、移動手段に飛行機を利用することが多かった。
鉄道で四国を出るよりは遥かに速いものの、実は私は飛行機が苦手だった。

特に天候の悪い日には、いつにも増して空港ターミナルに向かう私の足取りは重かった。

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私を乗せた飛行機が、濡れた滑走路の上を非日常的なスピードで加速していく。
胸にくる重力を受け止めながら「I believe I can fly… I can fly… I can…」と念じる。機体がふわっと浮いた瞬間、心のなかで「Good job!」と叫ぶ。

いつも平静を装っているが、離陸するまでの間は心の底からビビっているのだ。

次第に高度を上げる機体の小窓から、先ほどまでいた私の棲み処(すみか)を見下ろす。

(交差点で止まっている無数の車、あれはあそこのローソンかな、あの大きな工場は東レかな、あんな山間に集落がある・・・。)

やがて四国の市街地が小指の先ほどの大きさになるのを、私はまるで子どものような高揚感を抱きながら興味深くじっと眺めている。

機体はさらに高く舞い上がっていく。

次第に、私はある種の虚しさも感じはじめていた。

「なんなんだろう・・・。」

眼下に広がる人々の日常が、その営みが、アリんこみたいに小さく見えて、私もそこに重なっていく。

まいにち毎日何かの成果を追いかけて、誰かと先を争いながら前つんのめりになってあの街を右往左往している私たちがそこに見える。

喧々諤々(けんけんがくがく)とひしめき合って、時に傷つけ、時に解りあい、泣きながら笑いながら、それでも人にまみれてなんとか生きている私たちが見える。

私たちの日常の全て、喜怒哀楽の感情が、まるで垢のように地球にべったりとへばり付いているようにも見えた。
そうこうしていると、私が普段あれだけ拘っていて、正しいと確信しきっているはずの思考や感情が、なんだかちっぽけでずいぶん傲慢で馬鹿馬鹿しく感じられてくるのだ。

私たち人間は、なんて無力なんだ。

「悩んだ時は山にでも登って、下界を眺めてごらん。」

かつて私を福祉の世界に導いてくれた同僚の言葉をふと思い出す。

貴方が今抱えている心配事なんて大したことじゃないの。高い場所から見れば本当に些細な、取るに足らないことなの、と、彼女は私に伝えたかったのだろう。

しばらくすると機体は雨雲を突き抜け、目の前には別世界が開ける。

どこまでも続く雲海は清々しく、空は果てしなく青い。その向こうにはいつもより少し大きく見える太陽が、強烈に眩しい光を放っている。まさに天空だ。

視界に広がる大自然という巨人は、先ほどまで抱いていた私の憂いの感情など瞬く間に消し去り、空と宇宙のはざま、ヒトとは到底無縁の世界を機体は悠々と泳ぎ続ける
―――

不思議と心地の良い安心感の中、私は目を閉じてつかの間の眠りについた。

「みなさま、着陸態勢に入りました。」

CAの軽やかなアナウンスが、浮世離れの時間の終わりを告げる。

雨粒が叩きつけられる小窓から、お台場にあるTV局が次第にはっきりと見えてくる。
きっと徹夜でくたびれたADが、あの窓の向こうで寝息をたてているのだろう。

離陸時を上回る緊張感が徐々に込み上げ、さらに不意打ちをかけるような衝撃を残して、やがて機体はゆっくりと停止した。

私は平然を装いながら、慣れた手つきでシートベルトを外し、頭上の収納棚から荷物を取り出して機外へ向かう。

煌びやかな羽田のロビーをすり抜けると、私は喧噪の中にぽつんと放り出された。

諦めにも似た覚悟で、ドロドロとした日常に再び引きずり込まれながら、私は晴海行きのバス停へと重たい足を進めていった。

「I believe I can fly again…」

 

佐々木優(ささき まさる)
ホームケア土屋四国

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