障害学との出会い / 田中恵美子

前回お伝えしたように、大学に編入してから障害者運動の様々なイベントや勉強会などに顔を出すようになり、研究とともに活動が面白くなって、そのまま大学院に入学しました。その後まもなく障害学研究会関東部会という勉強会が始まりました。記録によれば、1999年7月に第3回を実施したとありますので、おそらく第1回は98年か99年の初め頃だったのだと思います。

障害学という名称はDisability Studiesを訳したもので、障害の社会モデル(Social Model of Disability)をベースにした研究分野と言ったらいいでしょうか。ちょうどそのころ『障害学への招待』という書籍が発刊されています。『生の技法』に魅せられて障害の世界に研究としてもどっぷりとはまってしまったのですが、その世界観と同じものがこの障害学の中にありました。

障害者が生活の主体者としてあること、彼らにとっての障害とは体の特徴なのではなく、その特徴のある体を排除する社会こそが障害を障害たらしめているということ…

障害のある友人と街を歩き、バスに乗ろうとしたら乗車拒否にあい、飲みに行けば入れる店が少ない。うろうろ店を探して歩きまわっていると、そのうちにトイレに行きたくなって、入れそうなトイレがある建物を探す。。。そんな中で見えてきたのは、障害のある体に対する社会の、環境のあまりにも冷たい対応でした。だから、そう、障害は彼らの身体にある特徴とは別の、社会の側にある、というのはとても納得のいくことでした。

障害の社会モデルについては様々な書籍も出ていて、専門的な議論も盛んにおこなわれています。最近は障害の人権モデルという表現もされていて、障害の社会モデルをさらに変化させたものとして注目されています。それらについてはまたの機会に触れていきたいと思います。ここでは、障害の社会モデルが、当時の私にとって実感を伴うものであったことに触れておきたいと思います。

そしてそのころ、障害の社会モデルの考え方は、一部のやや過激な障害者たちが考え出し、進めてきた考え方として捉えられていました。しかし、その後、2006年に国連で障害者の社会モデルをベースとした障害者権利条約が批准されます。障害の社会モデルの考え方は一気に世界レベルの障害のとらえ方となりました。

一方、日本ではようやく2014年に障害者権利条約を批准したものの、未だにその考え方が浸透しているとは言えません。今日は偶然にも『こんな夜更けにバナナかよ』が金曜ロードショーで放映されます。この中で鹿野さんは「わがまま」と紹介されています。でも本当に「わがまま」なのでしょうか?

彼が望み、そして実行していることは私たちと何も変わらない、同じ要求なのです。それが「わがまま」と表現されるのは、「自分では何もできないくせに、健常者と変わらないことを要求している“わがまま”な障害者」という言葉が潜んでいないでしょうか。

「○○なんだから」「○○らしく」!その〇〇には障害、女性、若者、高齢者、男性、、、あらゆるカテゴリーが入ってきて私たちを、あなたたちを苦しめています。そろそろ、その決めつけを止めませんか?

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安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也 1990 『生の技法』藤原書店→2013 生活書院

石川准・長瀬修 1999 『障害学への招待』 明石書店

渡辺一史 2003 『こんな夜更けにバナナかよ』 北海道新聞社→2018 映画 『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』
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◆プロフィール
田中恵美子(たなかえみこ)
1968年生まれ

学習院大学文学部ドイツ文学科卒業後、ドイツ・フランクフルトにて日本企業で働き2年半生活。帰国後、旅行会社に勤務ののち、日本女子大学及び大学院にて社会福祉学を専攻。その間、障害者団体にて介助等経験。

現在、東京家政大学人文学部教育福祉学科にて、社会福祉士養成に携わる。主に障害分野を担当。日本社会福祉学会、障害学会等に所属し、自治体社会福祉審議会委員や自立支援協議会委員等にて障害者計画等に携わる。

研究テーマは、障害者の「自立生活」、知的障害のある親の子育て支援など、社会における障害の理解(障害の社会モデル)を広めることとして、支援者らとともにシンポジウムやワークショップの開催、執筆等を行い、障害者の地域での生活の在り方を模索している。