土屋の挑戦 インクルーシブな社会を求めて⑧ / 高浜敏之

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⑧ ソーシャルビジネスの展開

ソーシャルビジネスの創始者は、バングラディシュの経済学者であり実業家のムハマド・ユヌスと言われる。ムハマド・ユヌスは貧困層に対して低金利無担保融資を行うグラミン銀行を創設し、貧困問題の解決に貢献したとして2006年にはノーベル平和賞を受賞している。

一般的なビジネスが利益の最大化を目的とするなら、ソーシャルビジネスは特定の社会問題の解決を目的とし、利益追求を否定することはないが、それを問題解決のためのリソースを創出するための手段と位置付ける。このムハマドユヌスの思想を発展的に継承したのが、競争戦略論の大家であるマイケル・ポーターである。

マイケル・ポーターは従来の企業の社会貢献であるCSRすなわちCorporate Social Responsibility(企業の社会的責任)に対して、ソーシャルビジネスに基づく新しい概念であるCSVすなわちCreating Shared Value(共通価値の創造)を提唱した。

CSRが、普段関わっている事業とは関係のないところで企業が社会貢献活動に参与することを言うのに対し、CSVは企業が事業活動を通じて社会問題を解決し、社会問題の解決を付随的なものとしてではなく企業活動の目的そのものとして定位する考え方である。CSVを通じて企業の社会性と事業性は統合される。

しかも、ソーシャルビジネスとその延長にあるCSV経営は、非営利組織のように利益追求を否定することはない。利益の最大化は目指されるべき方向性として前向きに評価される。ただし、利益の解釈が異なる。利益は、あくまでより大きな社会問題を解決するときに求められるより大きな経営資源の一つとしてとらえられる。

問題が巨大かつ解決困難であればあるほど、より多大なるリソースが求められることは言うまでもない。マイケルポーターによればこのリソースを自ら生み出せるのは企業のみである。非営利組織やNGOは利益追求を否定しているため、自らリソースを内製することはできず、寄付などの外部からの支援に依存せざるを得ない。

しかし、企業は違う。自分自身の内側にガソリンスタンドや食料供給所を作れる、すなわちリソースを内製することができるのがビジネスの特権であり、この特権は環境問題や貧困問題や社会的差別の解決に本気になったとき、最大の武器となり必要不可欠なものとなる。

だから、社会性と事業性を兼ね備えたソーシャルビジネスは資本主義の最高の形態であり、昨今私たちが向き合わざるを得ない諸問題を解決する最大のプラットホームはビジネスであり営利企業である。以上がマイケルポーターのソーシャルビジネスに対する見解と期待である。

このムハマド・ユヌスとマイケル・ポーターの思想に触れたとき、まさに目から鱗が落ち、長年抱えてきた葛藤を乗り越える希望の光を見出したように思えた。若かりし日に邁進した社会活動と、齢40を超えて出会ったビジネスとの矛盾と葛藤を発展的に乗り越える可能性を感じた。

売り上げを自己目的化して追求するのは馬鹿げているが、それを社会への量的貢献の指標としてとらえられるならば、売り上げが大きいことは誇らしさでしかない。

また、コストを適正に管理できれば利益率が高まり、それはさらなる社会貢献のための準備金として大いに活用でき、かつビジネスの真骨頂であるスケールメリットを生かせばさらなる効率的な運営と利益率の改善が維持でき、それはやがては従業員の賃金の改善にも大いに活用できる。

ビジネスの目的を利益や時価額の極大化ではなく、たとえば介護難民問題の解決やケアワーカーの社会的地位ならびに賃金の改善というところに焦点を当てただけで、利益の見え方、利益追求に対する価値判断、ビジネスモデルの長所の活かし方が見えてきた。

正直にいうと、非営利組織の禁欲主義や利他性への極端なまでの重心にはある種の限界も感じた。誰もがアッシジのサンフランチェスコになれるわけではない。マザー・テレサやガンジーやチェ・ゲバラなど、他者の幸福に全てをささげることのできた人たちは、きわめて稀有な存在だ。

このような超少数派の人たちだけでは、大きな問題の解決はできない。大きな問題を解決するためには、多くの人たちが参加できる場所を作らなければならない。そのためには、利他主義と利己主義がバランスをもって両立する文化を作る必要がある。あなたもハッピー、わたしもハッピー、物心両面において、これこそがソーシャルビジネスの本質だと思う。

自分と家族のために留まらざるをえなかったビジネスの世界が、介護難民問題、ケアワーカーの賃金ならびに社会的地位の改善、ジェンダーイクオリティー、貧困問題、社会的差別の解消などに取り組むための最高の磁場だと思えるようになった。ビジネスが生み出すリソースをフル活用して、社会問題を解決するために日本中を奔走した。新しい支援の輪を作ることができるよう、その種子を植えるべく四方八方を飛び回った。

受胎した妻と、義理の両親のサポートを得るため彼女の故郷である岡山県に移住した。岡山は日本のソーシャルビジネスの開祖ともいえる大原孫三郎の地である。倉敷中央病院、法政大学社会問題研究所、大原美術館など、CSRやメセナ活動に生涯をささげた大原孫三郎と同じ場所で、ムハマド・ユヌスが創始したソーシャルビジネスを展開できることが誇らしかった。

二人の娘は倉敷中央病院で生まれた。株式会社土屋の本社も岡山県にある。この地で、ムハマド・ユヌスと大原孫三郎の精神が出会う。社会活動に献身してきた30台の私と不慣れながらビジネスへの適応に努めた40台の私、家族を支えるため不動産会社を経営し猛烈ビジネスマンを生き抜いいた父と、その生き方に反抗し社会的マイノリティーの支援に没頭した私、が出会ったのだ。

 

◆プロフィール
高浜敏之(たかはまとしゆき)
株式会社土屋 代表取締役 兼CEO最高経営責任者

慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。

大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。

2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺を散策。

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