『記憶』 / 富田祥子

ずっと昔、いろんな国を旅したけれど、あまり人に話すことはなかった。何かに書くことも、写真すらほとんど撮っていない。

おばあさんになったときに、懐かしく思い起こそうなんて考えていたけれど、昔のことはすぐに忘れてしまう。

だから今回のコラムのお話をいただいて、少し昔語りをしてみようと思い立った。

といって、事細かに書くのも疲れるし、だいたいにして、事細かくなんて覚えていない。なんせ旅に出ると1年ほどさまよい続けるのだから。だから順序もめちゃくちゃ、構想もはちゃめちゃで書いてみることにする。

よく、「どうして旅をしていたの?」と聞かれる。「何が目的で?」とも。この問いかけに、いつでも困ったものだけど、強いていうなら、旅そのものが目的だった。ということはつまり、目的なんてないということなんだろう。

旅に憧れ、だから旅をした。それだけなのだけど、それでも旅がすべてだった。

歌詞のフレーズにもあるように、旅人は故郷に出会うことを望みながら旅を続ける、というのは、ある意味で本当かもしれない。とりわけ、行く当てもない旅人は。

ウズベキスタンという国を知っているだろうか?ロシアの南、中国とヨーロッパに挟まれたところにある国だ。ほとんどが砂漠なのだけど、例えようもなく美しい町がいくつもある。

なかでもサマルカンドは青の都と呼ばれ、白と青のタイルで築かれたモスクがそこここにあり、シルクロードの異国情緒漂う歴史的にも重要な町だ。

でも私がこれから話そうとするのは、そこから何百キロも西に行った所にあるヒヴァという町。砂と同じ色をした中世の面影の残る町だ。

夜、私は一人でヒヴァの通りを歩いていた。

町は寝静まっていて、砂色の壁に灯されたランプがごつごつした道を照らしていた。黄金色に揺らめくほのかな灯。コツン、コツンと私の足音だけが辺りに響く。まるで中世の都市に迷い込んだように、私は通りを歩き続けた。

そうしてふと、この町に来たことがあると思った。遠い昔、遠い遠い昔、私はここに来たことがあると。

故郷との出会いという言葉を耳にするたびに、私はこの時の不可思議な感覚を思い起こす。ヒヴァを離れて、あれからいくつもの土地を旅したけれど、このような思いを味わうことはそれ以来、一度もなかった。遠い昔の記憶が残るこの地以外は。

 

富田祥子(とみたしょうこ)
ホームケア土屋 大阪