赤國幼年記⑦ / 古本聡

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最初の朝が来た

突如、鼓膜が破れそうなほど超大音量の歌が鳴り響き、それと同時に全ての部屋の全ての照明が一斉に点灯した。裸の白熱電球の光が、閉じられた瞼を通して眼に突き刺さってくるような気がした。そんな強烈な音と光で瞬時にして目が覚めた。窓に目を遣ったが、外はまだ、さっき見た時と同じように真っ暗だった。そこでハッと気が付いた。憶えていた限りでは、私は床に臥せったはずだったのだが、その時の私はベッドに寝かされ、毛布まで掛けられていた。しかも素っ裸だったのだ。しばし呆然とした。

5、6分すると急に人の気配がし始めた。足音や話し声がだんだん大きくなって、しかも多くなっていった。そして、私のベッドの頭側と足元の方から、いきなりわらわらと人が寄ってきて寝ている私を取り囲んだ。数十人はいたと思う。

皆、大人ではないということ、男子・女子両方だということは直ぐに分かった。でも、まず気になったのは彼らの目だ。怒っているかのように睨み付けてくる目、逆に優しい微笑をたたえた目、はたまた冷たい軽蔑を送ってくる目、びっくりしたかのように見開いた目、訝しげな目、そこには様々な視線があった。そして、よく見ると、それらの目は全て違った色をしていたのだ。薄茶色、薄緑色、透き通った灰色、薄いブルー、濃いブルー、勿論見慣れた黒い瞳もあるにはあったが目の形が知っているものとはどこか異なっていた。

髪の毛もみな違っていた。人参色、金色、灰色、・・・。やがて、その中の一番背の高い男子が、私に向って何か言った。表情に怒りは感じられなかったが、冷たくきつい口調だったので、何か責められていることは理解できた。私は心細くなって毛布を頭から被り顔を隠した。毛布の下で私はこうつぶやいた。

「お、鬼ヶ島や・・・。」

後に、ロシア語が大分理解できるようになった頃に分かったのだが、あの時、あの背の高い年長男子が私に言ったことの内容は、

「黄肌サル、よぉぉく聞いとけ。ここは、お前が生まれたジャングルの国じゃねぇんだ。(ソ連のような)文明国じゃぁ夜はみんな寝るもんなんだよ! 今晩また騒いだらぶっ殺してやるからな!!」
であった。

あの2、3年後の私なら、「ソ連の一体どこに文明があるんだよ!?」などと減らず口を叩いて言い返していたかもしれないが、当時の私は、ともかく恐ろしさに身がすくんだ。

入所児たちが去って10分くらい経った頃だろうか、白衣を着た巨大な身体と鬼のような顔の、赤毛のおばさん介助員が来て、私に乾いた、ブカブカでペラペラのパジャマを着せてくれた。そして、常に何かを張りのあるうるさい声でしゃべりながら、これでもかというほどに荒っぽく検温、体重測定、洗顔などの朝のルーティンを進めていった。私があの夜、寝かされていたのは、実は、廊下だったのだ。

こうして、赤國ロシアにあった障害児収容施設での、私の第1日目が始まったのだ。

> 赤國幼年記⑧につづく

 

◆プロフィール
古本聡(こもとさとし)
1957年生まれ。

脳性麻痺による四肢障害。車いすユーザー。 旧ソ連で約10年間生活。内幼少期5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。

早稲田大学商学部卒。
18~24歳の間、障害者運動に加わり、障害者自立生活のサポート役としてボランティア、 介助者の勧誘・コーディネートを行う。大学卒業後、翻訳会社を設立、2019年まで運営。

2016年より介護従事者向け講座、学習会・研修会等の講師、コラム執筆を主に担当。

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