「メリークリスマスと言いたい」 / 長尾公子

大学生の頃、もう17年ほど前のことになるが、私は授業も受けずせっせとアルバイトをしていた時期があった。お金という目に見える対価をもらえることの方が、いつ役立つか分からない勉強よりも楽しい時期でもあった。

その年のクリスマス当日のこと。あの夜もゲームセンターへ向かっていた。アルバイト先である。

最寄り駅につくとイルミネーションで彩られた、これぞ“Theクリスマス”の光景に、多分、然程感動もなく、「あぁこの灯りはこのままお正月に使い回されるんだよね~」と当時の私は思っていたに違いない。

そして、そのイルミネーションが作る明るさの光の届かない暗がりにその人は居た。ホームレスである。

茶色と茶色と茶色・・・脳は一瞬でそのことを認識したと記憶している。
洋服も、切れてそこから覗いて見える肌も、全てが茶色で構成されていて、まるで土のようであった。

その12月25日、本当に寒かった。私は思わず自分の首に巻いていたマフラーを彼に渡した。

当然、そのままアルバイト先に向かい、いつも通り接客をした。接客をしたといっても、薄暗い中でクリスマスもお盆も関係なくアーケードゲームに勤しむ人、酔っ払って欲しくもない商品のためにクレーンゲームに課金しまくる人を眺めていたといった方が正しいかもしれない。

私はそういう方々に味わいを感じるので、マイノリティに属するということがわかるとも言えるし、わからない(気付かない)とも言える。

アルバイトをしている間、私は、正直にいうと、頭の中ではマフラーを差し出したことをずっと後悔していた。それは、親から習い手編みをしたマフラー=“作品”だったので、急にそこに掛けた労力が惜しくなったのだと思う。

フロアーに蛍の光のBGMを流し、閉店後、接客8大用語を唱え(させられ)、アルバイト先を後にした。

マフラーのことがずっと気になっていたので、当然あのホームレスのことも意識せざるを得なかった。そして、駅に向かうと、彼は1mmも動いていないのではないかと思うくらい、私がバイト先へと去って行ったときと同じ場所に居た。

明らかに、私に手を振っていた。マフラーの色は赤だったので、よく目立った。イルミネーションより遥かに眩しく私には感じられた。よく見ると、ニカッと口を開けて笑っていたが、歯が全くなかった。

私たちはいくつかの言葉を交わしたと思う。「ありがとう」と言われたような気もするし、言われていないような気もする。ただ彼がすごく喜んでいたので、私も純粋に嬉しかった。彼も私もほぐれていた。

“メリークリスマス”

以降、私がクリスマスというと思い浮かべるのは、サンタクロースでもなく、態(わざ)とらしいプレゼントでもなく、あの全身茶色のホームレスである。この時期になると毎年あの人を思い出す。

私は世界でたった一人の彼に言いたい、「メリークリスマス」と。

 

◆プロフィール
長尾公子(ながおきみこ)
1983年、新潟県生まれ。

法政大学経営学部卒。

美術品のオークション会社勤務後、福祉業界へ。通所介護施設の所長や埼玉の訪問介護エリアマネージャーを経験し、2017年、出産を機にバックオフィス部門へ。現在は3歳と0歳の子育て中。