土屋の挑戦 インクルーシブな社会を求めて⑪ / 高浜敏之

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11 私が出会った障害者運動の先駆者たち② 『新田勲さん その1』

ある日、木村英子さんから「紹介したい人がいる。」と言われた。

「日本の障害福祉のパイオニアで新田勲さんという人。この人がいて今の私たちがいるの。新田さんが代表を務める全国公的介護保障要求者組合で事務局を担ってくれる人探しているみたいなんだけど、興味ある?」

そうおっしゃっていただいた。介助のお仕事を始めて3か月くらいたった頃だろうか。

初めて足を踏み込んだ障害福祉の世界。そのパイオニア的存在の方のお手伝いをできるなんて、これは興味津々だ。そう思い、木村さんには「ぜひ」と即答させていただいた。

全国公的介護保障要求者組合の事務所は日本の障害者運動の震源地ともいわれる東京都国立市にあった。ある日の午後、新田勲さんに会うために国立市の事務所を訪問した。

先に中に通してもらった。事務所は車いすの方々が集まって話し合いができるようにほぼがらんどうのスペースだった。

「新田さん、もうすぐ来るのでちょっと待っていてくださいね。」

スタッフの方に声をかけていただいた。

これから日本の障害者運動のカリスマリーダーと会う。一体どんな人なのだろうか。いくばくかの緊張感を抱きながら初夏の事務で待つ私の背中を汗がにじんだ。「あ、新田さんが来た。」スタッフの方がそういってエントランスにスロープを準備した。

赤いジャンバーを着た、黄色いフレームの電動車いすに乗った、うつむき加減の、新田勲さんが介助者の方と一緒に姿を現した。ほぼほぼ四肢麻痺の全身性重度障害者の新田さんであるが、電動車いすはご自身で操作していた。

ガランという音を立てながらスロープを一気に上り、部屋の奥まで行くなり、今度は私のいるほうを振り向いて顔を上げた。新田勲さんとの初対面の時だった。

いまだかつて経験したことのないような鋭い眼光で私を見た。緊張が高まった。ただならぬオーラが感じられた。すると突如、新田さんはニヤッと笑い、右足を床に差し出した。新田さんが足文字でコミュニケーションするということは聞いていた。

「お ま た せ し て す み ま せ ん。 は じ め ま し て。 に った で す。 よ く き て く れ た ね。」

介護者の方が棒読みで足文字を翻訳された。

「あ つ か った で しょ。」

新田さんは細やかな気遣いの人だった。この後、彼と出会った多くの仲間たちと同様に、私も新田ワールドにずんずん引き込まれることになる。吉兆とも凶兆ともいえる、私にとっては運命の1日だった。

「ま ず は う ち に あ そ び に き て く だ さ い。」

そう誘われ、その後たびたびお邪魔させていただくことになる東京都北区の新田家を訪問することになった。家には新田さんより20歳くらい若いパートナーの女性と、10台後半だっただろう新田さんの娘さんと、介護者の方と、新田さんがいた。

初回訪問の時は新田さんが運営される研修事業所のオフィスに案内された。そこで新田さんが若かりし日の闘争の日々を取材したドキュメンタリーを見せていただいた。画面には私の隣にいる齢60過ぎの新田さんより30歳以上若いもう一人の新田さんがいた。

インタビュアーに「なぜそこまでして施設ではなく地域で生活することにこだわるのですか。あなたの要求(新田さんは最重度障害者が在宅生活するための介護保障を国や行政に要求してきた)は無理があるといって一般人の賛同はえられないと思いますよ。」という質問に、若かりし日の新田さんが

「施設に帰るのだったら私は地域で死にます。介護保障を勝ち取って生きるか、死ぬか、選択は二つに一つで、施設に帰るという選択は私にはありません」

と足文字で答えている姿に福祉業界に入って間もない私は衝撃を受けた。食い入るように新田さんを主人公とした障害者の人権の回復と公的介護保障運動を展開する物語に吸い込まれていった。あっという間にドキュメンタリーが終わった。

「お も し ろ か った で しょ?」

足文字で新田さんに呼びかけられ、なんのお世辞でもなく正直な感想をお伝えさせていただいた。

「はい、とっても面白かったです。」

「すごい人と出会ってしまった。」今から約20年前、30になったばかりの私は、新田さん宅を去ってから最寄り駅である埼京線の十条駅に着くまでの帰り道、徒歩で15分くらいだっただろうか、その興奮と感嘆が冷めやらなかったことが今でも昨日のことのように思い出される。新田勲という人物のお手伝いをこれからできるということに、ありったけの誇らしさを感じた。

こうして週の半分は重度訪問介護ヘルパーとしてお仕事しながら、週の半分を新田勲さんが代表を務める全国公的介護保障要求者組合の事務局を担うという日々が始まった。大学を卒業し、いまだ全く経験のなかった介護業界に入ってすぐのことだった。ヘルパー2級をとって老人ホームでお仕事をするという当初のビジョンとは全く異なる方向に私の進むべき道は広がっていった。

全国公的介護保障要求者組合の定例会議は毎週火曜日だった。会議が終わると新田さんとの1on1ミーティングが開かれた。新田さんは福祉の業界に入ったばかりの私に対して、自身の稀有な経験や思想やビジョンを惜しみなく語ってくださった。日ごとにこの業界に入ってよかったという思いが強まっていった。

最重度の障害を持ちながら日本の障害者運動のリーダーシップを取り、社会的弱者の生きる権利を勝ち取るために生涯を捧げた新田勲という人物に魅入られていった。

 

◆プロフィール
高浜敏之(たかはまとしゆき)
株式会社土屋 代表取締役 兼CEO最高経営責任者

慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。

大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。

2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺を散策。

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