障害のある人たちの生活(その2) / 田中 恵美子

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前回登場した松田さん夫婦、沖田さん、川崎さんから私が学んだことは、障害といわれる、いわゆる身体的な違いがあっても、障害のないという私と変わらない人間としての営みがあるということです。

当たり前じゃないか、と思っている方もいらっしゃるでしょうが、へーボタンを連打した私は、そうです。まったく知らなかったのです。

松田さんは障害としては重度の脳性麻痺で、上肢も下肢も言語も自分の思うようにはなかなか動かない人ですが、関西人らしく冗談が好きで(おやじギャグ)、人を笑わせてなんぼと思っています。

何より旅行が好きで、愛読書は時刻表の元祖てっちゃんです。四六時中際限なく仕事しちゃうタイプ。

一方の恭子さんは、前回ご紹介したとおり、上肢に障害があり、足で何でもする人です。言語障害もあります。恭子さんは松田さんの仕事は手伝わないけれど、活動のサポートはする。洋裁が好きで、編物をしたりミシンをかけたり、料理も好きだし、キレイ好きです。

しかし、かいがいしく夫を支え…ということはなく、対等にという意識が高い人です。家事は分担して協力して家を切り盛りするべきと思っています。

二人の出会いは、松田さんが、恭子さんが参加した団体旅行のコーディネーターを務めていたことでした。恭子さんはそのグループのお世話役でしたので、旅行の企画段階から松田さんとあれこれ打ち合わせ、無事旅が実施され、終了するところで「これで終わり」という思いが二人のハートに火をつけたのでした。

大恋愛の末の結婚、でしたが、ご多分に漏れず…旦那元気で留守がいい…
家ではヘルパーさんに自分の仕事ばかり頼んで、なかなか家事を指示しない松田さんに恭子さんはイライラ。

結局、恭子さんがヘルパーさんに指示を出して、片付けが始まると、松田さんは仕方なく時刻表を眺めて待つ…。

時には恭子さんの一喝で、松田さんがしかたなくヘルパーさんに指示を出して片付けることもあります。とはいえ、家事はやっぱり松田さん、あまりお得意ではないですね。料理は恭子さんに任せっきり。外出ついでに買い物ぐらいはしますが。

沖田さんは年老いた「お母ちゃん」と二人暮らし。お母ちゃんは料理上手で、沖田さんと私が外出から帰ってきて、身支度が終わると、「お茶飲んでいきなさ~い」とお声がかかります。

「わーい!」と炬燵のある和室に行くと、なんだかいろいろおいしいものが用意されていて、ワイワイ言いながら一緒に食べて…お茶どころか夕食までなんてこともありました。

明るく元気なお母ちゃんでした。でもだんだんぼけてきて、足腰も弱っていきました。

沖田さんは伝え歩きはできましたが、お母ちゃんの様子を見て、そろそろリフォームしようと思い立ちます。そしてバリアフリーの立派な家が出来上がったとき、お母ちゃんは自分の家を失ったと思ったのでしょう。徘徊が頻繁に起こるようになりました。

足腰が弱いはずなのに、出ていってしまう。私の介助は時にはお母ちゃんを探すことでした。しまいに沖田さんは玄関に車いすを置いてバリケードを作るようになりました。お母ちゃんが出ていかないように。

川崎さんは私と同じ年でした。そのころの私たちの年齢の最大のイベントは結婚。クリスマス(25歳)までに片付かないと、売れ残りのケーキになるといわれていた時代がありました。私のころはもう少し大丈夫でしたが、それでもさすがに30までには結婚しないと、という時代でした。

川崎さんは長い間付き合っている彼がいたのですが、なかなかプロポーズの言葉がない。このままこの彼と付き合っていて結婚できるのか…そろそろ潮時?でも別れる決心もつかない…二人してそんな話を夜な夜なしていた気がします。私には彼もいなくてどうしよう(汗)。

 

◆プロフィール
田中 恵美子(たなか えみこ)
1968年生まれ

学習院大学文学部ドイツ文学科卒業後、ドイツ・フランクフルトにて日本企業で働き2年半生活。帰国後、旅行会社に勤務ののち、日本女子大学及び大学院にて社会福祉学を専攻。その間、障害者団体にて介助等経験。

現在、東京家政大学人文学部教育福祉学科にて、社会福祉士養成に携わる。主に障害分野を担当。日本社会福祉学会、障害学会等に所属し、自治体社会福祉審議会委員や自立支援協議会委員等にて障害者計画等に携わる。

研究テーマは、障害者の「自立生活」、知的障害のある親の子育て支援など、社会における障害の理解(障害の社会モデル)を広めることとして、支援者らとともにシンポジウムやワークショップの開催、執筆等を行い、障害者の地域での生活の在り方を模索している。

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