にわとりの命から考える / 安積 遊歩

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私と娘は、私は20歳の時から、彼女は生まれた時から、なるべくベジタリアン生活を心がけ、ここ数年は家の中では完全ビーガンだ。もっとも彼女は今、ニュージーランドで3人のシェアメイトと暮らしているので厳格ではなさそうだが。

ニュージーランドは酪農の国なのでチーズは本当に美味しい。でもそのミルクがどんなふうに生産されるかを知ってからは食べる量が極端に減った。チーズの代わりに、娘は豆腐クリームを作りケーキやピザに使っている。

お肉や酪農製品を食べないと、「タンパク質は大丈夫?」とか「栄養学的に偏るのではないか?」と心配される。しかし、私は20歳の時から白米を玄米に変えて、納豆や豆腐類や根菜類を食べ、娘の離乳食も玄米がゆだった。肉食をやめて、健康に問題があると感じたことは一度もない。それどころか、人生で一度もインフルエンザワクチンを打ってないが、かかったことはない。時々娘は熱を出したが、それも様々な自然療法や自分の身体に合ったやり方で治してきた。

ところで、わたしは「アニマルライツセンター」という人間が自分の欲と都合のために、動物の命を徹底的に利用、搾取していることを止めようと頑張っているグループの会員でもある。この会は季刊の会報を発行し、動物の中でも特に家畜の飼育の現状を伝えてくれている。毎回あまりに悲惨で、読むたびに周りの人に伝えないではいられない気持ちになる。

今号の会報の特集は「ブロイラー」だった。私は20回以上足を骨折しているので、鶏たちのその痛みはまさしく自分の痛みだ。人間で言えば1、2歳の子を60kgにして、50日で殺して食べる。本来なら、5年から10年は生きるにわとりたちが、だ。 その現実は生き物という命を持った仲間に対するものとして、あまりに酷すぎる。酷すぎてしばらく感じる力がストップしていたが、今これを書きながらようやく涙が溢れてくる。是非ホームページを訪れて、この会の活動を知ってほしい。( https://arcj.org/ )

生まれる前から人間の都合で、品種改良という名の、人間のための”改良“を迫られ続ける家畜たち。夥しい薬、いや、本来の体にとっては毒以外の何物でもないものを入れられ続け、肥満させられ続けてきた命。その命は生まれた瞬間から選別され、要らない、と見なされたらシュレッダーにかけられ、あるいは踏み潰され、殺される。

昔、半世紀ほど前のお祭りでは、要らないとされた可愛いヒヨコたちがいっぱい売られていた。私はそこに行くたびにヒヨコを何羽も買ってもらった。その中の一羽が育ち、祖父がそれをさばいてくれた。

私の家族は貧しかったから、1個の卵にお醤油をじゃぶじゃぶかけ、5人で分け合って食べていた。それだけがおかずの日もよくあった。だから祖父が捌いてくれた肉は、私が育てたので原価5円。とても安いし、普段は食べられない丸ごとのお肉ということで、見ている私は期待満載だった。ところが目の前で首を切られ、羽を毟られ、逆さにされ、血抜きをするのを見て、その期待は木っ端微塵となり、気持ちの悪さだけが残った。

その時私は、たぶん7歳。その後、数ヶ月は鶏肉を食べられなくなった。祖父は優しい人だった。優しいからこそ私を喜ばせたくて、私の飼っていた鶏を目の前で捌いてくれたのだ。

その鶏は、私の家の小さな庭であまりにもうるさく鳴くということで肉にされてしまった。それでも私は数ヶ月が過ぎてからは、また鶏を食べ出したし、豚肉も大好きだった。牛は高すぎて買えなかったから、牛を食べたいと思うことはベジタリアンになる前でもほとんどなかったが。

今回のブロイラーの記事はあまりにも辛かった。それはその思い出が体の底から蘇ってきたからかもしれない。「私と肉体は違えど命なのだ」という想い、連帯感が残酷な記事の行間から湧いてくるようだった。

私たちは大量消費市場主義に完全に呑み込まれてしまっている。少しでも多くお金を得て好きなものを買い、美味しいものを食べることが幸せなのだ、と信じ込まされている。その「美味しい」とされる動物たちの体には私たちと同じように真っ赤な血が流れ、痛みや苦しみを感じているにも関わらず、だ。

私は10代になりたての頃、2年半、障害を持つ子供たちの施設に居た。施設というのはこの大量消費市場主義を是とするためにある場所だとさえ、私には思えている。

私の居た施設には、障害を持つ子の体に本人の思いに全く耳を傾けることなく、リハビリや過酷な手術をする医療が、まず目的としてあった。そのうえで、そうした社会、大人が考えることこそが正しいという、「教育」という名のマインドコントロールをする学校とがドッキングしていた。食事の昼と夜のおかずは必ず肉か魚が使われていたから、あの頃から家畜や養殖魚の残酷な状況が始まっていたのだろう。

毎年毎年クリスマスとお正月がやってくる。消費者によく知らせないように、そして知りうるところでは美味しさと栄養だけを言い募るコマーシャリズムによって、残酷の極みで作り出された肉を、たくさん買わせようとするシステムが激化する。

すべての人にベジタリアンになってほしいと強要する気持ちは全くないが、せめてフライドチキンにされた鶏たちは、どんな仕打ちを受けているのか、こんなに安い卵はどこから来るのかを想像して考える力を少しは取り戻してほしい。そしてみんなに、特に子供たちに、動物も生き物なのだ、私たちのように親子という関係の中に生まれ、仲間たちと幸せに生きたいと思っているのだということを伝えたい。

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ。

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

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